レンゴクの脅威
カタンッという音を立て、店員が引き出しを元に戻す。
ノベルが視線を前に戻すと、店員は一本の羽根ペンを持っていた。
それは漆黒の羽根に、紫色のペン軸と白銀のペン先で、どこか禍々しい気配を漂わせていた。
「それは?」
「記録書き換え用の筆記具ですよ。これでレンゴク通貨のやりとりをするのです」
「え? どういうことです?」
ノベルには店員の言っている意味が分からなかった。
隣でアリサも眉間にしわを寄せている。
店員は二人の反応に苦笑して肩をすくめた。
「最初は分からなくて当然です。まずはご覧になってみてください」
店員はそう言って石記を目の前に置くと、その表面に羽根ペンを走らせていく。
次の瞬間、信じられないことが起こった。
石記の上に紫色の数字が浮かび上がったのだ。
驚くことにそれは、レート表の通り、1000テラ通貨に相当するレンゴクの値。
ノベルとアリサが絶句していると、店員は羽根ペンを下げて言う。
「これでテラ通貨からレンゴク通貨への交換は完了です。どうぞ触ってみてください」
ノベルとアリサが交互に触るが、石記の表面に刻まれた文字は、かすれたりしなかった。
ノベルは頬を引きつらせたまま店員を見る。
「これはいったい……」
「実は、レンゴク通貨というのは、目に見えるものではないのです。石記という媒体にその所持金額を記録することで、実際に通貨を持ち運ぶことなく、資金のやり取りが可能です。いわば、持ち運べる金庫と言ったところですね。それで、記録することのできる専用の筆記具がこれなわけですよ」
「す、凄い」
アリサは素直に感動し、感嘆の声を漏らしていた。
ノベルも狐に化かされたような、不思議な感覚に陥っている。
「そんな技術、いったいどこで?」
「申し訳ありませんが、それをお教えするわけにはいきません。オーナーとの契約ですので」
店員は申し訳なさそうに眉尻を下げる。
しかし、ノベルはあらかた予想がついていた。
魔人族だけが扱えるという、闇の魔術によるものだ。
それで石記の表面に文字を刻んでいるのだろう。
「分かりました。でも少し危ないのでは? その羽根ペンがもし奪われれば、いくらでも石記に記録されている、レンゴクの金額を書き換えられるってことですよね?」
「その点はご心配無用です。契約者にしか書き換えはできない仕様になっておりますので。それに、契約者も不正などすれば、ただでは済みませんからね」
「なるほど」
ノベルは頷いた。
魔術の仕組みはよく分からないが、簡単に不正ができないのであれば、通貨として一定の信用は保てる。
とはいえ、通貨として使うにはまだ決定的に足りていない要素がある。
「レンゴクを取り扱っている店はどこにありますか?」
「それは……表の市場ではまだ……」
その言葉に引っ掛かりを覚えた。
やはり闇の市場では使われているということか。
レンゴクの価値が上がっているのは、闇市場での取引が盛んになったからか、それともこの交換所のように表の世界へ認知され始めているからなのか、慎重に見極めなければならない。
眉を寄せ考え込んでいるノベルを見た店員は慌てて言葉を繋ぐ。
「しかしっ、レンゴクの発行元も色々と働きかけているので、表の市場で取り扱われるようになるのも遠くないですよ!」
「……分かりました。では最後にもう一つ、聞かせてください」
「はい、なんでしょうか?」
「レンゴクの価値は、これからも上がり続けるのでしょうか?」
「ええ、私はそう確信していますよ。1レンゴクは、まだ1テラにも満たないですが、近い将来遥かに価値を上げることでしょう。リュートの基軸通貨の座だって危ないかもしれません」
その回答だけでノベルは十分だった。
つまりそれは、今のうちにテラをレンゴクに変えておけば、その分の差益を得ることができるということ。
ノベルたちは石記を受け取り、交換所を立ち去った。
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