辺境の国ノートス
――幼い頃の夢を見ていた。
病弱で外に出て遊ぶこともできなかったランダーの唯一の楽しみは読書だった。
小説を始め、政治、経済、歴史、金融と様々な分野に興味を持ち、知識の習得に没頭したのだ。
やがて大人になり、ようやく元気になったとき、優秀な兄たちのように次期国王の座を競うにはもう手遅れだった。
それでもランダーは構わない。
病床で得た知識を使って、投資家としての活動を大いに楽しんでいたのだから――
「――ここは……」
ランダーが目を覚ますと、そこは公園で、木陰に仰向けになっていた。
ボーっとする頭で周囲をゆっくりと見回す。
「エデンじゃない……」
全体的に華やかさがなく色あせた建物の数々。
歩いている人々は、くたびれた服を着て、死んだ魚のような目でトボトボと歩いている。
広い通りに点在している露店は屋根として張っている布がボロボロに破れていたり、商品が適当に積み重ねられていたりと、なんとも活気がない。
まるで貧民街のような様相だ。
「……そうか、思い出した」
ランダーは呟き立ち上がると、行くあてもなく歩き始める。
昨晩、リュウエンの助けでエデンを抜け出したランダーは、ホロウ商会の馬車で他国の大都市へ向かっていた。
しかし途中で魔物に襲われ、命からがら逃げ延びてここへ辿り着いたのだ。
「これは酷い……」
活気のない町だった。
エデンとでは、治安の悪さが比べものにならない。
路地に横たわっている人たちもいるし、喧嘩しているのか怒声もどこからか響く。塗装が剥げ、まともに補修されていない小さな建物が立ち並び、地面にはゴミが散乱していた。
やがて大通りを抜け、角を曲がって小さな通りに入ると、小さくも小綺麗な店を見つけ足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ、バグヌス為替商へようこそおいでくださいました」
ランダーを出迎えたのは、醜い面貌に肥え太った異形の生き物だった。
緑の肌色をしていて、潰れたような豚鼻に左右の口の端にはみ出た牙。知性が低く、モラルよりも欲望を優先するという種族『オーク』だ。
「どうされました、お客様? もしや、オークを見るは初めてですか?」
「え? は、はぁ」
「ここへ来たからには、外貨の両替がしたいのでしょう? どうぞこちらへ」
カウンターのオークがそう言うと、横からうり二つのもう一体のオークが現れ、手前の椅子を引いて座るよう手で促してくる。
ノベルは緊張でごくりと喉を鳴らし、オークの向かいに座った。
間近で見ると凄い迫力だ。
恐怖すら覚える。
「申し遅れました。私は店主の『バグヌス』と申します。こちらは弟の『バロック』です。お客様のお名前をお聞きしてもよろしいですか?」
「僕は……ノベル、ノベル・ゴルドーです」
本名を言うわけにいかなかったランダーは、仮の名を即興で考えた。
そしてランダー……『ノベル』は、深く息を吸い、ふところから小袋を取り出してカウンターテーブルに中身を出す。
「このジール通貨を、この国の通貨に交換したいんです」
「ふむ、ジール通貨ですか。ここらでは珍しい、エデン王国の通貨ですね。バロック、レート表をお持ちしなさい」
バグヌスは興味深々にジール通貨の枚数を数え始め、バロックは店の奥でがさごそと棚をあさる。
その間、ノベルは冷静になって店内を見回してみた。
全体的な色合いは暗く、先ほど入った喫茶店とは違って装飾品もそれなりに置いていた。バグヌスも腕に金のバングルや首に透明に輝く数珠のネックレスをしていて、どこかで見た成金のようだ。
「――これは……残念ですなぁ」
「えっ? こんなに暴落してたのか……」
ノベルはバロックの置いたレート表を見て肩を落とす。
ジールの価値は数日前と比べ、かなり落ちていた。
疑いようもなく、レイス王の失脚による影響だろう。
この辺境国『ノートス』の通貨『テラ』の価値も相当に低いようだが、今のレートで交換したら大きな損。
これは、数日分の生活資金だけ交換して、ジールの価格が少し戻ってから残りを交換すべきだ。
ノベルはそう判断し、三分の一程度のジールをバグヌスの前へ置き、両替を依頼する。
「ふむ……」
しかしバグヌスは、すぐには返事をしなかった。
そのぶ厚いあごに大きな手を当て、何事か思案している。
そして、金に輝く前歯を覗かせ不気味な微笑を浮かべた。
「そういえば、このノートスの政策金利をご存知ですか?」
「え? いえ……」
「8パーセントです」
「そ、そんなに!?」
「そうなんです。他の国ではありえないことでしょう? エデンはどのくらいでしたかな?」
「……ほぼゼロです」
「おぉ、そうでした! ちなみに、エデンへ戻られるご予定は?」
「当分はありません」
「でしたら、ジール全額との交換を推奨したいですな。最近のジールは、価格変動が激しいですから。なんでも、エデンの王様が罪を犯して捕まったのだとか。今の下落トレンドは当分おさまりそうにありませんねぇ」
バグヌスはそう言って肩をすくめ、あからさまなため息を吐く。
知った風なことを、とノベルは内心腹を立て眉をしかめるが、バグヌスは気にしない。
彼らからは、どうも怪しい雰囲気が漂っているが、言っていることも一理ある。
「はぁ、分かりました」
ノベルは深いため息を吐き、ジールの全てをバグヌスに渡した。
するとバグヌスは破願し、バロックに命じてすぐにテラを用意させる。
「このたびはバグヌス為替商をご利用いただき、誠にありがとうございました」
バグヌスの上機嫌な声を背に、ノベルはなんともスッキリしない気持ちで店を去るのだった。
――そしてすぐに、自分の判断が間違っていたのだと知ることになる。
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