失敗
それから数日、ノベルは毎日のように所有券取引所で資源の値動きを見ていたが、ある日ようやく大きな動きがあった。
ノベルがルインの執務室へ入ると、彼は眉を寄せ険しい表情で書簡に目を通していた。
ルインはノベルとアリサが入って来たことに遅れて気付き、立ち上がって会釈する。
「ノベルさん……」
ノベルの予想に反し、ルインは暗い声で呟いた。
資源価格の相場を見ても、特に問題はなかったはずだというのに。
「……まさか、僕の予想は外れたんですか? コロッサルはいったいどうなったんです?」
「いいえ、ノベルさんの予想通りの展開になりましたよ」
そうは言うが、ルインの表情は晴れない。
ルインはノベルへ報告書を渡す。
「コロッサルでは予想通り、国内は貧困を極め新興宗教が加速的に広まり、誰かがドルガンとコロッサルの貿易は関税が高く不平等だと言ったのをきっかけに、行き場のない負の感情が豊かなドルガンへ向いたそうです。そしてついに、カリスマ的存在である教祖が、ドルガンへの侵攻を宣言しました」
「なるほど、これでマルベス商会に利益のすべてをかっさらわれたわけですね。悔しいです。もう少し上手く立ち回れば、スルーズ商会も莫大な利益が上げられたのに」
「いいえ、それはなかったでしょう」
「はい? それはどういう……」
「……マルベス商会の武器商売は、失敗に終わりました」
「……え? な、なんで!?」
「どうやら相当早い段階で、他の武器商人がコロッサルの軍隊と契約を交わしていたようです」
「そんなバカなことが……それじゃあ、コロッサルは最初から戦争をするつもりだったってことですか?」
「それは分かりません。第三者が裏で糸を引いていたのかも知れませんし。どちらにせよ、マルベス商会の武器はほとんど売れず、撤退を余儀なくされたようです」
ノベルは、すぐには現実を受け止められず、見開いた目を下へ向けた。
とはいえ、マルベスがこちらの投資を受けなかったおかげで、スルーズ商会の損害はない。結果オーライだ。
ただ、こちらの情報によってマルベス商会は大打撃を受けたので、スルーズ商会の信用低下は危惧される。と言っても、あの情報も正式に売ったわけではないので、言い訳のしようはあるが。
ノベルとルインが黙って今後のことを考えていると、執務室の扉が「バタンッ!」と荒々しく開け放たれた。
「っ!」
ノベル、ルイン、アリサが同時に息を呑む。
乱入してきたのは、屈強な鬼人の部下二人を引き連れた、マルベスだった。
「……てめぇら、やってくれたな」
低い声でそう呟き、ずかずかとルインの元へ歩み寄って来る。
熱気でも出そうなほどの憤怒の表情を浮かべ、凄まじい迫力だ。
ルインの執務机の前に立っていたノベルは、思わず道を開けた。
そしてマルベスは、ルインの目の前に立つと、その机に一枚の紙を「ドンッ!」と叩きつけた。
「遅くなっちまったがなぁ、あんたらからの出資、受けるぜ」
「んなっ……」
ルインは言葉に詰まる。
マルベスが机に叩きつけたのは、以前こちらから渡した契約書だった。
しっかりとマルベスのサインがされている。
「手続きはさっさと頼むぜ。ここに書いてある全額を寄越せ。ひとまずは、先日の武器調達費の足しにする」
威厳に満ちたマルベスの眼光が、ルインを射抜く。
ノベルは理解した。
マルベスが契約書を返さなかったのは、いざというときのための保険だったのだ。
商売が成功すれば、契約はせずに自分たちだけで利益を独占し、失敗すれば契約して、損失分の穴埋めをする。
とんでもない力技だ。
だがそれでも、今回の損失は大きいはず。おそらく、スルーズ商会の出資金をすべてつぎ込んでも足りない。
つまり、スルーズ商会はただただ膨大な金を捨てることになる。
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