逃走
「そんな……」
城下町の中心にある大きな広場、ランダーは茫然と立ち尽くしていた。
その目の前にある大きな掲示板には、一枚の貼り紙が貼られ、エデン国民が密集して騒ぎ立てている。
「おいおい、本当かよ?」
「王様が俺たちを他国に売ったのか?」
「信じられねぇ……王に愛国心はないのか!?」
戸惑いの声や怒りの声が飛び交う中、掲示板に貼り紙をした中年の騎士が叫ぶ。
「見ての通りだ。国王レイス・プリステンは、独裁国家『レブナント』からの多額の資金援助を受けていた。その見返りに、レブナント移民の不法入国を裏で手引きし、彼らの職の斡旋にも手を回していた。それによって、どれだけ多くのエデン国民が職を奪われ、レブナント民が起こした事件を隠蔽されていたことか。これは国家を揺るがす重大問題だ!」
力強い言葉だったが、ランダーには到底信じられなかった。
父、レイスは気性が荒く、多少は強引なこともいとわない性格だが、政治的手腕に定評があり誰よりも国民を愛する王だ。
「この片棒をかつがされていた大臣が告発したのだから間違いない。己の利益のために売国行為を行い国民を不当に苦しめレイス王は、騎士団長が捕えた。さらに騎士団長は、事情を知っていた可能性のある王妃を始め、プリステン家全員の投獄を決定した。まだ捕まっていないのは、第三王子のランダーだけだ。彼の姿を見た者は、すぐに騎士団へ通報するように」
「――くっ!」
ランダーは駆け出した。
背筋を冷たいなにかが這い上がる。
あまりの急展開に頭がついていかないが、一つ確かなことがあった。
捕まったら終わりだ――
「――はぁっ、はぁっ……」
全力疾走したランダーは、ホロウ商会近くの屋敷に戻って来ていた。
周囲を複数の騎士が捜索しており、物陰に隠れて息を整える。
「いたか!?」
「いやっ、広場にはいなかった」
「ちぃっ、王子の放浪癖には困ったのものだな」
「まったくだ」
もう辺りは暗くなっているので、騎士たちはフードをかぶった不審人物の存在にまだ気付いていないようだ。
しかしそうこうしているうちに時間ばかりが過ぎていき、極度の緊張感で神経をすり減らす。
「どうすれば……」
すぐ近くにリュウエンのホロウ商会がある。
だが彼らに助けを求めれば、間違いなく迷惑がかかる。
「……ダメだ」
ランダーが呟いたそのとき、目の前に一人の男が現れた。
「お待ちください」
「っ!? ……リュウエン、さん?」
「ランダー王子、なにを迷ってらっしゃるのですか? 私を頼ってください」
「で、でも、あなた方に迷惑がかかってしまうっ!」
「そのぐらい、私たちなら上手くやれますよ。優秀な商人というのは、状況をすみずみまで俯瞰しているものでしょう? 普段の冷静なあなたなら分かるはずです。ついて来てください」
そう言ってリュウエンは足早に屋敷から離れて行く。
これからなにをしようとしているのか、かいもく検討もつかないランダーだったが、彼を信じついて行くことにした。
――翌日、エデン王城の玉座には、新たな王が浮かない表情で座っていた。
短い金髪に爽やかな面貌で、長身に引き締まった肉体。
責任感が強くまっすぐなその男の名は、『オーキ・クルト』。
最年少で騎士団長になり、そしてすぐに前王レイスの罪を暴き、王へとかつぎ出された男だった。
「ランダー、お前とは正々堂々と決着をつけたかったよ」
オーキは愛国心が強く、国をおとしめるような行為が許せなかった。
だからこそ、宰相キグスにレイス王の数々の売国疑惑を知らされ、正義のためにと立ち上がったのだ。自分を騎士団長にと推薦してくれたキグスへの恩と信頼もあったのは間違いない。
「どうしてこうなった……」
オーキは目を閉じ、悲壮感溢れるため息を吐く。
ランダーとは新米騎士だったときからの付き合いで、エデンの政治や経済など、様々なことを熱心に語り合った。年は一回りほど離れてはいたが、彼の博識ぶりにはいつも驚かされ、気付けば親友と呼べる存在にまでなっていた。
だがある日、オーキは初めて嫉妬というものを覚えた。
ランダーが美しい赤髪の女騎士、アリサを護衛につけたからだ。
オーキは彼女に一目惚れしたが、彼女はランダーへ恋い焦がれるような情熱的な瞳を向けていた。そのときから、オーキの心には秘かにだが激しい嫉妬の炎がメラメラと燃え始めていたのだ。
オーキがプリステン家に刃を向けた本当の理由は――
「――いや、そんなはずはない」
オーキは首を横へ振った。
そんな理由はあってはならない。
王は己の正義を貫き、このエデンを導かねばならない存在なのだ。
「――王様!」
宰相のキグスが部屋へ入るなり慌てたように声を上げた。
彼はもう六十にもなる白髪の痩せ男で、神経質そうな顔は政治家としての威厳がある。
「どうした? やっとランダーが見つかったのか?」
「それが、ランダー元王子の護衛を務めていた女騎士が行方をくらませたのです」
「なに!? アリサが!?」
「アリサ・サラマンレッドは、ランダー元王子に最も近かった存在。もしかすると、共犯者かもしれませぬ。そこでどうでしょう? 城下町に住んでいる彼女の家族を――」
「ダメだ!」
「しかし……」
「彼女がそうと決まったわけではないだろう。まずはランダーの行方を探すことと、この国での新たな政治に注力してくれ」
「……かしこまりました」
キグスはなにか言いたげだったが、オーキは険しい表情で睨みつけ、それ以上言わせなかった。
キグスが立ち去ると、オーキは悲しげに眉尻を下げ呟く。
「アリサ、君は俺ではなくランダーを選ぶというのか……」
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