急転直下
その夜、バグヌスは閉店した店で売り上げの計算をしていた。
為替商での売り上げはあまり芳しくないが、血酒取引の利益は上々だ。
バグヌスはニヤニヤと醜い笑みを浮かべる。
ノベルという厄介な小僧が現れたが、運搬費を少し払っているだけなので、大して影響はない。
それにしても素晴らしい商売だと思った。
闇商人から血酒を格安で仕入れ、それを懇意にしている貴族『カルキス』に頼んで貴族たちへ高額で売りさばく。
売り上げの三割をカルキスにとられ、諸経費を引いてもかなりの利益になる。
闇商人を紹介してくれたカルキスさまさまだと思った。
「あ、兄貴!」
「どうした、バロック。なんで商品を持って帰って来た? まさかノベルの小僧が逃げ出しでもしたか?」
「いや、あいつはいつも通り運んできたさ。けど、カルキスの旦那に追い返されちまってよ」
「なに? どういうことだ?」
バグヌスは眉間にしわを寄せ、低い声で問う。
「なんでも、ドルガンから血酒商が来てるとか」
「なんだと!? それでカルキスさんはなんと?」
「その商人が国を去るまで、こいつを保管しておいてくれって」
バグヌスは頭を抱える。
そんな爆弾、長く抱えていたくないというのが本音だ。
しかしカルキスの懸念していることも分かる。
商人というのは取り扱う商品に対しての嗅覚が鋭い。
血酒商ともなると、万が一のことを考えてノートスの血酒を飲む機会を与えさせないのが最善だ。
「ノベルの小僧には知られてないだろうな?」
「ああ。あいつの帰った後のことだから、問題ないぜ」
「ならいい。いざとなれば、カルキスさんに騎士を動かしてもらって、ノベルが木箱を運んでいるところを捕まえてもらおう」
「けどよ、それって雇い主の俺たちも危ないんじゃないのか?」
「バカ、頭を使え。逆上して襲いかかってきたノベルから身を守るため、騎士は思わず殺してしまったって筋書よ。死人に口なしだ」
バグヌスが歯を見せて邪悪な笑みを浮かべると、バロックは目を丸くし、手を叩いて大声で笑った。
「さすがは兄貴! そりゃいいぜ!」
夜にも関わらず、下品な笑い声が響く。
そのとき、店の表の扉が開け放たれた。
「――バグヌス為替商、違法商売の容疑によって拘束させてもらう」
現れたのは、四人の騎士とフードで顔を隠した謎の人物だった。
ポカンと口を開け、理解の追いついていないバグヌスの言葉を待たず、騎士たちは荒々しく店内へ踏み込む。
「ま、待ってください! これはどういうことですか!?」
「言った通りだ。違法の商売を取り締まる」
「そんなっ、なにか証拠があるんですか!?」
「それを今から探すんだ」
「バ、バカげてる! なんの証拠もないのに店に押し入るなんて!」
暴れ出そうとするバグヌスとバロックは、二人の騎士によって押さえつけられ、素早く手を縛られた。
そしてリーダー格の大男がまっすぐに店の奥に歩いていき、置いてあった木箱を開けた。
「……血酒だな」
「なにもやましいことのない、バッカニアから取り寄せた血酒です!」
「信じられんな。ちょうど、ドルガンから血酒商が来ているから、鑑定してもらうか」
「んな!? そ、それはバッカニアから運んだと、ノベル・ゴルドーという男が言っていました。彼がそれをここに運んで取引を持ち掛けてきたのです! もしそれが正規品じゃなかったとしても、私たちはなにも知りません!」
バグヌスは汚らしく唾を飛ばしながら必死に叫ぶ。
あくまでノベルに罪を着せようという魂胆だ。
この期に及んでまだどうにかなると思っているのが、なんともオークらしい。
「――それはこっちのセリフですよ」
飄々《ひょうひょう》と告げたのは、それまで動かず成り行きを見守っていた謎の人物。
彼がフードを外すと、勝気な表情を浮かべたノベルが顔を出した。
「小僧! はかったなぁぁぁっ!」
「商売は化かし合い、でしょう? 隊長さん、その木箱は今日、バグヌスさんの指示で闇市場から運んだものです。内容については一切教えられていません」
「そうか、分かった。おいっ、こいつらと血酒を駐屯所へ運べ!」
指示された騎士たちは、バグヌスとバロック、そして木箱を店の外へと運ばせた。
騒々しかった店内に静寂が訪れ、残ったノベルは計画が成功したことに安堵する。
騎士隊長が去り際にたずねた。
「良かったのか? あんたの雇い主だろ?」
「いいんですよ。僕が命を賭けたのは、『闇商売の成功』にではなく、『闇商売を暴くこと』にですから。どんなリターンが得られるか楽しみです」
「はははっ、おもしろい奴だな」
ノベルは一週間前、ノートスの騎士に血酒密造の取引があることを話していた。
血酒商をノートスへ招いたことも、木箱が運ばれたタイミングで突入したのも、すべて計画のうちだ。
ノベルの投資は成功したと言える。
もし「おもしろかった!」と思って頂けましたら、この下にある☆☆☆☆☆から作品への評価をお願いしますm(__)m
ブックマーク追加も一緒にして頂けると嬉しいです!




