エデンの投資家
「――追加で出資して頂きたく存じます」
「金額は?」
「2000万ジールあれば足りるかと」
「……大きくでたな」
清貧な執務室で木製のテーブルを挟み、二人の男が神妙な表情で話し合っていた。
焦げ茶色のローブを羽織り、中に着込んでいる豪勢な装いを隠している青年は、『ランダー・プリステン』。
この国『エデン』の第三王子であり、こっそりと国内の弱小商会に出資したりアドバイスを与えたりしている個人投資家だ。
ランダーの目の前に座るのは、この小さな屋敷の主で、情報屋をなりわいとするホロウ商会の会長『リュウエン』だ。
三十代半ばではあるが、もうひとまわり若く見える童顔で、体は細く普段は穏やかな雰囲気の優男。
「あまりに厚かましい要望ですが、どうかご容赦ください。それだけこのホロウ商会が本気だということです」
「う~ん……額が額だからなぁ」
「上手く行けば、かなりの儲けが出るはずですよ」
「確かに、それは間違いない。よくこんな方法を思いついたね」
リュウエンの自信満々な表情に、ランダーは頬を緩めながら頷く。
彼の語った内容は、商売の幅を広げるためにある店を買収したいということだった。
その計画自体は悪くないが、2000万ジールもの大金となると、大手の金貸しである『金庫番』でもそう簡単に融資したりしない。
「これもランダー王子のおかげですよ。王子の出資と助言のおかげでホロウ商会はここまで大きくなりました。今回の件だって、いずれ王子も思いつかれていたことでしょう」
「……分かった。前向きに検討させてもらうよ」
「ありがとうございます! 良いお返事をお待ちしております」
リュウエンは立ち上がり、深く頭を下げる。
ランダーは照れくさそうに笑みを浮かべ、ホロウ商会の会員たちに見送られながら屋敷を去るのだった。
ホロウ商会を出たランダーがローブのフード深々とかぶり、路地の角から大通りに出ると、大勢の人でごった返していた。
道の脇には多くの露店が並び、活気溢れる声が飛びかっている。
「いやぁ、盛況、盛況っ」
ランダーは満足そうにうんうんと頷くと、歩き出そうとする。
だがそのとき、背後から突然高い声が上がり、ビクッと肩を震わせた。
「――あぁっ! とうとう見つけましたよ!」
聞き覚えのある快活な声に恐る恐る振り返ると、そこにいたのは若い女騎士であった。
ランダーおつきの護衛『アリサ』だ。
燃えるような深紅の長髪でポニーテールを作り、まだあどけなさの残る可憐な顔だちで、体格は華奢に見えるが機敏さは常人の域を超えるほど。並の騎士では手も足も出ない。
おまけに健気で礼儀正しく誰にでも優しいから、男たちによく言い寄られている。
アリサはジトーっと半眼でランダーを見据え、甲冑をカチャカチャと鳴らし歩み寄って来た。
「もうっ、城内をどれだけ探してもいないから来てみれば、こんなところにいらっしゃったんですね!」
「あっ、いや……」
ランダーは口ごもり後ずさる。
フードをかぶっているから見た目では分からないはずだが、彼女は一目で見抜いたようだ。
アリサとは親しい仲なので、正直に見逃してくれと頼むべきか迷う。
彼女は年齢も自分より一つ下なので、話も合いランダーとしては護衛というより友達に近い。
だがそれとこれとは話が別だ。
ランダーは脱兎の如く走り出した。
「ひ、人違いですぅっ!」
「あっ、待ってくださいよぉ! ランダー王子ぃぃぃ!」
アリサはまるで懇願するかのように弱々しく叫ぶ。
少し心は痛いがアリサも悪い。
そんな大声でエデンの第三王子の名を叫ぶから、市民たちもざわめき出したのだ。
とにかくランダーは、疾風の如く大通りを駆け抜け、追手のアリサから逃げおおせたのだった。
「――まったくもぅ……」
アリサは遠ざかる背中を眺めながら、ぷくぅと頬を膨らませる。
しかしその表情はどちらかというと楽しそうだ。
「仕方のないお人ですね。早く帰って来てくださいよ?」
頬を緩ませてそう呟き、きびすを返す。
ランダーの突発的な外出は今に始まったことではない。
護衛のアリサはもう慣れっこだ。
彼女も護衛として放っておくわけにもいかず、よく外を探し回っているが彼を恨んだことはなかった。
それも当然。
ランダーは彼女とその家族を救った恩人なのだ。
元々は貧しい農家の出だったアリサは、ランダーが反対する騎士団や大臣を押しのけて登用してくれたおかげで、収入がハンターをしていたときよりも増えて安定し、母や弟たちを生活の不自由から解放することができた。
それでもランダーは気にしていないというように接し、アリサを含め騎士たちにも優しくしてくれる。
同年代の異性として、特別な感情を抱くのは仕方のないことだった。
「さてと……」
秘めたる情熱的な感情を抑え、城まで引き返してきたアリサは城門をくぐる。
この国エデンの治安は非常に良いため、護衛としてランダーの自由奔放ぶりを注意するものの、強引に彼を縛ろうとはしなかった。
「――アリサ、戻ったのかっ!?」
城内に入るなり駆け寄って来たのは、親しい間柄の騎士だった。
彼の表情はいつもの穏やかなものではなく、緊張感からか強張っていた。
「そんなに慌ててどうかされたのですか? それに、みなさんなんだか慌ただしいようですけど……」
周囲を見回すと、騎士や文官たちが慌てた様子で行き交っている。
明らかにいつもの様子ではない。
「実は――」
驚愕の事実を耳打ちされ、アリサの顔がみるみる青ざめる。
そして彼女はいてもたってもいられず、騎士の静止を振り切って再び城の外へと飛び出した。
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