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1-1




 馬車に乗り込んだ私は、父様から小さいトランクを受け取った。私の荷物はこのトランクだけ。着替えだけしか入っていない。改めて、私のものはこれしかないのだと驚いてしまう。

 この馬車はエルド国から来た迎えの馬車。本来なら王族のみが乗ることを許された馬車なのだろう。内装も豪華で、何処に座ってもまるでクッションのような座り心地だった。これなら、エルド国までお尻が痛くなる心配はないだろう。けれど、私の体力が持つのかが心配だった。目的地についた時に倒れていたんじゃ、笑い話にもならない。


「ヴィオレット、大丈夫かい? 具合は悪くないかい?」

「大丈夫よ、父様」

「安心して、ヴィオレット。相手の方はいい人だから」

「うん。落ち着いたら手紙を書くわね」


 相手の方はいい人と言われても、それは母様が私を安心させるために言った言葉だということは分かっていた。手紙だって書く前に私自身が帰ってくるかもしれない。


「何してるの!? ヴィオレットのことよりも、私の方を手伝ってよ!」

「分かったよ、ローズ。ヴィオレット、キミのことは心配していないよ。体調だけには気をつけて」

「貴方はわがままを言わない子だから、言いたいことを言わずに隠してしまう。もしも、辛くなったら帰ってきなさい」

「うん。ありがとう。いってきます」

「いってらっしゃい」


 手を振ると両親は駆け足でローズの元へと駆けつけて行った。使用人に手伝ってもらっているとはいえ、ローズの荷物はとても多い。私の荷物がトランク1つに対して、ローズの荷物は10以上。ローズの荷物が多いことに驚きはない。私のものをとっていたのだからそれだけの量になるのは分かりきっていた。まさかほとんどを持ち出すとは思っていなかったけれど。

 ローズは荷物を自分で馬車に載せることはしない。両手を組んで見ているだけ。馬車に少し荷物をぶつけただけで怒っている様子を見ると、いつもと変わらない。嫁ぐというのに緊張をしている様子もない。

 私も不安はあるのだけれど、緊張はしていなかった。

 それにしても、私の乗る馬車はエルド国から来たけれど、ローズの乗る馬車はヒュースト国のものだ。荷物を積んでいるのだからルイス王国からは迎えに来ないのだろう。それとも、途中で乗り換えるのだろうか。何も聞いていない私には分かるはずもなかった。

 きっともう会うこともないだろうローズを見て小さく溜息を吐く。彼女が着ている薄いピンクのドレスは、私のお気に入りだったもの。

 昨日、そのドレスを着てエルド国に行こうとローズに取られないようにクローゼットの奥に仕舞っていたのを引っ張り出したのだ。

 そして、タイミング悪くノックもなしに私の部屋に来たローズは「あら、可愛いドレス。明日はこれを着ていくわ。ヴィオレットにはこれをあげる」と言い返す間もなく、ドレスを手にして代わりに持っていたドレスを置いて部屋から出て行った。

 置いて行ったドレスは継ぎ接ぎだらけの薄い紫のドレス。この継ぎ接ぎは使用人達が直した者じゃない。使用人だったら綺麗に直してくれる。母様も綺麗に直してくれるから、ローズしかいない。

 1年程前にローズが着ていたのを見たけれど、その時は綺麗なドレスだった。どうしてこんなことになっているのかは分からないけれど、ローズも使用人か母様に直してもらえばよかったのに。そうしたら、綺麗なドレスに戻っていたのに。

 新しいドレスを買う時間も、直してもらう時間もなかった。他に私が着るドレスなんか持ってもいなかった。全てローズに取られたのだから。

 朝継ぎ接ぎだらけのドレスを着ている私を見て父様と母様は驚いていたけれど、ローズは指を差して「ヴィオレットにはお似合いのドレスね」と笑っていた。

 他にドレスはないことを母様に話すと、ローズに取られていることは知っていたけれどお気に入りのドレスまでとられていたことは知らないようだった。それは前日のことだから仕方がない。

 父様がどんなにローズを怒ってもローズは聞かない。それどころか、怒られたのは私の所為だと怒ってくるのだからどうすることもできない。だから私は言葉にしない。

 私が切れるドレスなんてローズが持っているものしかない。どんなに父様や母様が言っても、「これは私のもの。それに、嫁ぐんだもの。ヴィオレットなんか他人になるのよ。そんな人に私のものを渡したくなんかないわ。いいじゃない、似合っているんだから」と言って笑うだけだった。

 だから私は「もういいよ」と言って、父様と母様にそれ以上何も言わないようにと笑いかけた。もしかすると向こうでも指を差して笑われるかもしれない。そして、やっぱり家に帰されるかもしれない。それでも、ローズがいないのなら家に帰ってもいいかもしれない。


「扉を閉めますが、よろしいですか?」

「はい、大丈夫です」

「エルド国の目的地まで数時間かかります。体調が悪くなりましたら気軽に声をおかけください」

「分かりました。ありがとうございます」


 馭者はゆっくりと扉を閉めた。最後になるかもしれないし、また帰ってくるかもしれない家を見ると、2階の窓から兄様が手を振っている姿が見えた。

 仕事ばかりで部屋に籠っていた兄様だけれど、最後に見送ってくれたことが嬉しくて微笑んで手を振った。

 馬車がゆっくりと動きだし、徐々に家が小さくなっていく。父様と母様も手を振って見送ってくれる。私も手を振り返した。兄様の姿が見えなくなるまで、両親の姿が見えなくなるまで。

 結局、ローズは私を笑ってから一度も目を合わせてはくれなかった。まるで、私なんか存在しないかのように。




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