プロローグ
今から8年前の誕生日の日。私と双子の姉ローズは、両親に「白い花か赤い花のどちらかを選びなさい」と言われた。説明もなく、どうして選ばないといけないのか分からなかったけれど、ローズは「両方じゃ駄目なの?」と上目遣いに父様に尋ねた。
いつもの父様なら、「仕方ないな」と言って両方を選んでもいいと言うはずだった。けれどこの時は違った。困った顔をしながらも、「片方だけを選びなさい」と少しだけ強めに言った。
ローズは見るからに不機嫌になり、頬を膨らませたあとに母様の持つ右手の花を手にした。それは白い花。私は当たり前のことながら残った赤い花を手にした。
「ヴィオレットは赤い花でいいの? 白い花が良かったんじゃないの?」
ヴィオレット。それが、私の名前。母様が私と同じ目線になるようにしゃがんで尋ねて来たけれど、首を横に振った。赤でいい。白じゃなくて、赤が良かった。
「ヴィオレットは私の妹なんだから残り物でいいの。それに、精霊石も透明なままなんだもん」
「精霊石なんか関係ないのよ? ローズの言葉なんか気にしないで、同じ白でもいいのよ」
「ううん。赤がいいの」
ローズの言葉なんか元々気にしていない。彼女の我儘はいつものことだから。それに、精霊石が透明なままなのは私の年齢だと当たり前。
精霊石は、5歳の誕生日に教会で誰もが貰うもの。それは透明で、10歳から15歳で色がつくと言われている。ローズは10歳になる直前にオレンジ色になった。他の同い年の子供達よりの早く色がついたから、誰よりも勝っているのだといろんな人に自慢をしていた。
毎日一緒にいる私には耳に胼胝ができるのではないかと思うほどに自慢してきた。聞かないでいると怒られるから、仕方なく聞いていたけれど正直もう聞きたくない。でも、ローズはしつこく何度も言ってくる。
「選んでくれてありがとう」
そう言って父様は私とローズの頭を撫でてくれた。嬉しそうにも悲しそうにも見える表情に私は首を傾げた。
「この花、どうしたらいいの?」
「選ぶために持ってきただけだから、花瓶に入れてあげましょうか。このままだったら萎れてしまうわ」
見たことのある花だから、きっと庭に咲いていた花を持ってきたのだろう。母様の言葉に頷くと、ローズは突然私の手から花を奪い取ってしまった。
「いらないなら、頂戴!」
「駄目! 花瓶に入れるんだから」
「もう私のものになったんだもん、ヴィオレットなんかに渡さないよ」
一度ローズが手に持ってしまえば、それが私のものであってもローズのものになってしまう。だから私のおもちゃも本も全てローズのものになってしまい、私の部屋には何も置いていない。
私のだからと言えば、「私のだもん! わがまま言わないでよ! 人のものを取るなんて泥棒だよ! ヴィオレットの泥棒!」と言ってずっと泥棒扱いしてくる。両親にも手に負えなくなって、私にはあまり物を買ってくれなくなった。
部屋を分ける時も、ローズは私の部屋よりも広い部屋を貰った。物がいっぱいあるから構わなかったけれど、「ヴィオレットの部屋なんか召使の部屋みたい。大きくなったら私がこき使ってあげる」なんて笑われた時は泣きたくなった。ローズは言ったら絶対やる。ローズなんかにこき使われたら私は絶対に死んじゃう。ただでさえ病弱で、少し走っただけで息切れを起こして倒れてしまうのだから。そして、次の日には熱が出て寝込んでしまう。
この日もそうだった。花を返してもらおうと思ってローズを追いかけたけれど、すぐに倒れて寝込んでしまった。私の選んだ赤い花を、もう見ることはなかった。どこに行ったのかは分からないけれど、ローズのことだから踏みつけて遊んだか、捨ててそのまま忘れてしまったのだろう。取り返すことができなくて、涙が流れてきた。
そんな私に追い打ちをかけるようにローズは枕元で自慢話。しかも、父様と母様がいない時を見計らってそうしてくるのだから性質が悪い。使用人達が来ると、いい子のふりをする。
「あのね、ヴィオレットはずっと私の妹なの。だから、ヴィオレットのものは私のもの。全部私のもの。私が欲しいって思ったものは全部貰う。それで、私がいらないって思ったものだけはあげるね」
ローズがくれるものなんて、全てゴミ。壊れて使い物にならなくなったおもちゃ。食べ物の食べれない部分や、包装されていた袋。だからその言葉に私は頷かなかった。頷いたら全てが終わると思ったから。けれど、ローズにはそんなことは関係ないのだろうと思っていた。欲しいと思ったものは、私が渡さなくても奪うように持って行ってしまうのだから。
でも、8年後の今。私はもうローズに悩まされなくてすむのだと思えば、気持ちが楽になっていた。白い花と赤い花を選んだ時から、私とローズの運命は決まっていた。
今日、私とローズの2人はそれぞれ嫁ぐことになった。
私は東の国エルド国。ローズは西の国、ルイス国。あの時の花がどちらに嫁ぐものだったのかを決めるものだった。
1人馬車に乗り込んだ私は、胸元のブローチを握りしめた。16歳の誕生日に精霊石を加工してもらい、銀細工で囲んでブローチにしてもらったのだ。だから私の誕生日プレゼントはブローチ。ローズはいっぱい買ってもらっていた。流石に私の精霊石のついたブローチを欲しがることはなかった。今までの誕生日プレゼントは全てローズにとられていたから、唯一私の手元に残った誕生日プレゼントだった。
そんな精霊石だけれど、16歳になってもまだ透明なまま。そんな私を相手は受け入れてくれるのだろうか。どうしたら精霊石に色がつくのかは分からない。15歳までに色付いていない精霊石なんてありえないと、家に帰されるのではないか。
今はそんな不安でいっぱいだった。