エヘルシット国立博物館の戦い 1
空調の効いた博物館。消えていく人混み。あまり見受けられない警備員。
ある種典型的な手段ではあるが、トイレに籠って館内に残っていると、上からガコン、という音がした。ナギサが顔を向ける。ロルフが手を挙げていた。
「よっす」
文化財を保存するような場所では窓を開けて何かが入ってくるのも駄目であり、湿気の調整ができないのも駄目。よって、博物館のトイレには臭いが籠らないように換気扇がついていた。その道を、ロルフがこじ開けて進んだのだ。個人の浴室などと違い、大きなトイレだからこその大きな換気扇が、人間にとっては仇となった。
「道は、ちゃんとあったんだろうな」
「もちろん。確認済みさ」
ロルフが伸ばした手を取り、便器の上に立って蹴り上げる。天井に手を触れ、そのまま換気口に入った。中はやはり狭い。
「じゃ、こっち」
背負った大剣をずりずりと壁にこすりつけながらロルフが進み始めた。ナギサも続く。お世辞にも綺麗とは言えない道を行くと、一段と狭くなっている所に着いた。ロルフが大剣を外して身を細くする。それでも、ぎゅうぎゅうに詰まった。
「あ、駄目だこれ」
呆けた呟きが聞こえた。
声を出すわけには行かないので、ナギサは代わりに思いっきり背中を睨みつける。
「奥義、解放」
ロルフが狼に変化した。大剣の柄を加えて、進んでいく。
ロルフより小柄なナギサは、そういうことをしなくてもなんとか通れた。ロルフが静かに剣を換気扇に当て、魔力を込める。カカッ、カラカラ、カラカタタタ、と換気扇が音を立てて止まった。狼態のまま、ロルフが器用に換気扇を外していく。
完全に換気扇が外れると、ロルフが降りて行った。ナギサも続く。職員用トイレに降り立つとロルフは人間態に戻っていた。
「鍵は?」
「ここに」
ロルフがトイレの個室を一つ開けて、縛り付けられている警備員をからもぎ取った。中から鍵を閉めて、上から出てくる。
トイレから出ると、鍵を使って階段への扉を開けた。多少手間取ったものの、大したロスではない。一階の職員用トイレから地下三階へ。音を立てずとも素早く下りる。
「奥義、解放」
今度はナギサが奥義を使った。狐耳が生え、ふわふわの尻尾も二本垂れる。
階段から出た先に見える魔法的防御を施された扉と、その奥に人が四人。立ち位置は扉のすぐ横と、正面に一人。さらに奥に続く扉らしきものの前に二人。
「戦闘は避けられなさそうだ」
ロルフに耳打ちする。
「仕方ないでしょ」
ロルフの言葉を聞いて、ナギサは幻炎を放った。隙間を抜けて、扉の魔法を乱す。流石に気づかれるが、博物館の魔法的防御は無効化できた。
扉を開けて、階段から部屋に出る。生きている魔力が奥の部屋からこちらに出てきた。奥の部屋では二人が一人に魔法を重ね掛けしている。
戦法的には、噂の勇者のなりそこないだろう。
ば れ て る ?
とロルフが大きめに唇を動かして無音で聞いてきた。ナギサが頷く。ただし、人差し指は唇に当てて、音は出さないようにと指示。静かに刀を抜いた。ロルフも大剣を構える。
ナギサが幻影の炎の中で自身を指さし、それから盗賊だと思われる単独行動個体の方向を指さした。次にロルフを指し、前方を指してから指を下に。備えろという意思が伝わったのか、ロルフが頷いた。息を浅く吐いて、魔力の流れから単独行動個体の次の動きを予測しようとする。単独行動個体は足を曲げて、魔力を刃渡り四十センチほどの剣に籠めているようだ。剣を横にして構えていることから、今は待機か。隠ぺいの魔法も使っているらしい。
あの個体にとっての不運は、隠ぺいのために魔力を使ったせいで今のナギサに認識されやすくなったことだろう。
ナギサが突きの体勢で腰を落とした。
「満ちる魔力よ、不良を及ぼす塵よ、消えたまえ!」
ナギサの膝が伸びかけた一瞬、朗々とした声が響いて、幻影の炎が霧が晴れるように消えていく。
単独行動個体にとっての不運がナギサという感知能力がトップクラスの存在が居たことなら、ナギサにとっての不運はまさに仕掛けるタイミングで相手が先手を打ったことだった。
切っ先が自分に向いていることに気づいた盗賊風の男が、慌てて身を翻す。ナギサの後方に位置する魔力が膨れ上がった。盗賊を感知したまま、振り返る。槍使いが、自身の上で振り回していた槍を、叩きつけるように振り下ろした。魔力の光輪が床を滑り来る。任せた手前、気は引けるがナギサも魔力を練った。ロルフの大剣に魔力が集まる。右手でもって、肩口から振り下ろした。
激突。
ロルフどころかナギサの髪も揺らし、魔力の光輪が砕け散る。盗賊も一息では攻撃が届かない位置まで離れていた。
「すまない、ロルフに任せてたのに。あっちを殺しとくべきだった」
「追尾でナギサになんていう攻撃の可能性もあったから、あれで正解でしょ」
槍使いが柄を床に突き立てる。カン、と甲高い音が響いた。
「我が名はリザ・ソレイタ。先王サグラーニイ帝の遺骸を守る者。汝らの名は如何に?」
名乗った女、リザを上から下まで見回した。攻撃が来ないと信じているみたいに、真っすぐに立っている。残りの三人も探ってみるが、魔力的には専守防衛。盗賊は探った気配をわかっているのか、何とかして距離を取ろうとしている始末。
ロルフが真似したのか大剣を地面に突きさした。手を放し、好戦的な笑みを浮かべている。
「ロルフ・ガイエル。あー、一応、四天王最弱って俺?」
後半は完全に顔をナギサに向けて聞いてきた。
ナギサが小さくため息を吐く。
「知るか」
「まあ短い間か長い間になるかは知らないけどよろしく」
ロルフが馴れ馴れしく手を差し出した。
リザが口元を引き締めて、小さく首を動かす。
「先に聞きたいことがある」
リザの明朗快活な声が轟いた。
「先帝を討った勇者一行の行方不明には、あなた方が関係していると考えていいか? 薄黄緑の髪をした九尾の狐がヘクセ・カルカサール(魔法使い)を討ち取り、追いかけていってから消息が知れなくなったのだが、あなた方が捕まえたか殺したと思って良いか?」
「それを聞いてどうするのさ」
ロルフが笑う。
「喧伝に使う。勇者エイキム一行を破った四天王を打ち破れば、私たちが勇者になれる。破れた夢を、再び紡がせてもらうために。この戦いで詩を編んで諸国に広めさせてもらう」
「それならノガに行った方が良いんじゃない? 大軍を擁しても勝てなかった翼人族に対しての逆転の切り札っていうのはいい喧伝になると思うけどなあ」
「エイキム一行と同じことをしても駄目だろう」
「いや、同じことして直接上回ればいいじゃん。上回れないから違うことしてるって言われるよ。比べられたくないんだなって」
リザが眉間に皺を寄せて、納得しているように顎を引いた。
「いや、納得しないでよリーダー。何か、言い返してよ」
ナギサから見て、リザの左に備えている女が言った。
「だって正論じゃん。ノガに行った方が速いよ」
「ほら、あるでしょ。ね。うん。あれとかそれとか、あとああいうのとか」
手が大きく動いている。別に魔力に動きがあるわけでもなく、言葉に合わせて動いているだけなのだろう。
「……どれ?」
リザの小声でもナギサの耳は拾う。
女魔法使いが咳ばらいをするように口元を握りこぶしで隠した。
「思い浮かばないから何とかしてよ。リーダー。ノガに行けなかったのも交渉能力が低いからだよ」
口の動きを隠して小声にしたつもりでも、ナギサには筒抜けである。
そして何となく、実力を除いてなんで勇者になれなかったのかが分かった気がした。




