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The Math Book  作者: Wam
88/94

憧れの本棚

 冬期講習が本格的に始まった。いよいよこれが受験前最後の講習となる。

 夏期講習の時みたいに塾に毎日通い詰め、Z先生かA先生の授業があれば真面目に授業を受け、何もなければ自習室にひたすらこもって自習を続けていた。孤独になることや例の女子高生が怖くて夏の時は一時期図書館に逃げていた日もあったが、冬になればそんなこと、とっくに諦めがついていた。最初の時期はまだ学校も終わっていなかったので学校帰りに塾に毎日寄る、少々面倒な日々を送っていた。


 クリスマスまで5日に迫った日の話。別に彼氏いない歴=年齢かつ受験生だった私には全く関係のないカウントダウンではあったのだが。


 この日も本来ならZ先生の数学の授業のはずだったのだが、どういう経緯になったのか、S試験の英語の過去問を解くはめになった。恐らく、自らZ先生にお願いしたのだと思う。お隣さんは高校生と思われる様な雰囲気の男の子だった。


「どんくらい時間いる?」


 ピッピッとタイマーを押しながらZ先生が私に聞いてくる。


「えー・・・何分でもいいですよ」


「じゃあ、本番と同じ50分にしよっか」


「はーい」


「じゃ、行きまーす」


「はい」


 私は手に持っていたシャーペンをぎゅっと握りしめた。ただの試し解きとは言えど、やっぱりZ先生の前で解こうとなると緊張してしまうものだ。


「スタート」


 Z先生がタイマーのボタンを押すと共に私はZ先生が開いて机の上に置いてくれたS試験の英語に視線を集中させ始めた。1問ずつしっかり自分の脳内に取り込んでいく。


 その間、Z先生はお隣くんの英語を見ていた。2人は時々、話を脱線させながらも授業を楽しんでいた。その様子を耳で聞いていて一時期、集中出来なくなる時もあったが、孤独に耐える練習だと思って何とか必死で投げ出したい気持ちを堪えていた。しかし記憶上では耐えていた一心で逆に問題が頭に入りにくくなってしまった気がする。


 50分が経過。タイマーがピピピっと鳴り、解答時間が終わりを告げた。私がはっと気が付く前に冷静にZ先生がタイマーを止めてくれた。


「で、どうだった?」


 お隣くんに指示を出した後、Z先生が顔を出してくれた。


「難しかったです、前よりも」


 これは事実。


 だって、集中出来なかったんですもん!


 口に出して言わなかったが、一応これが私の難しかったという言い訳。


「ああ、そー。何点くらい取れたと思う?」


「30点くらいです」


 これは流石に冗談だが、Z先生の反応が見たくてちょっとジョークを飛ばした。


「お姉さんの場合、それはないだろ!あり得ないって」


「いやー、わからないですよー」


「じゃ、丸つけしていきますか」


「はい」


 前と同じでZ先生が解答を分厚い試験の本から取り出し、解答を読み上げてくれた。私は時々、聞き逃して


「もう1回お願いします」


 とZ先生に聞き返すと


「呆れるなー、ちゃんと聞いてるの!?」


 とちょっぴりZ先生に怒られながらも楽しく丸つけを進めた。


 全ての採点が終わり、合計点を足していく。この時はZ先生に計算してもらわなくても、何とか自力で採点をすることが出来た。


「お姉さんも成長したねえ」


 近所のおばさんが言う様な口調でZ先生が感心していたのがおかし過ぎて、私が声を立てて笑うと、


「え?何?」


 とZ先生は不思議そうな不愉快そうな表情を顔に浮かべていた。


「で、採点終わったの?」


「はい、終わりました」


「何点だった?」


「200点中154点でした」


「おー」


「前より下がったんですけど」


 私は悔しくてちょっぴり頬を膨らませた。


「でもまあ、それでもお姉さんは普通の中学生じゃないよ。だってこの年の英語の平均点は・・・」


 私を慰めようとしたのか、Z先生がS試験の英語の過去問に記載されていた平均点のページをめくって、私が解いた年の平均点を探ろうとしてくれた。


「えっとー、お姉さんが解いたのは20XX年度だから・・・あった、102点だって。それでもお姉さんの方が全然平均点行ってるじゃん」


 Z先生のさりげないフォローが何だか嬉しかった。


 そしてあとは解説。Z先生は生意気な生徒に対してうっとおしがりながらも、一生懸命説明して私にわからせようとしてくれた。途中、お隣くんが、


「さっきからこの子、一体全体何年生なんですか?」


 と聞いてきたので、自分の学年を言ったら、


「やばっ、俺高2なのに負けてるわ」


 と驚いてくれたのが嬉しかった。Z先生の表情を伺った時、Z先生の顔も嬉しそうだった気がする。



「今回も8割くらいかな?」


 解説が終わった後、授業の残り時間があと5分へと迫る中、Z先生が時計の方をちらちらと見ながら言った。


「いえ、今回は流石に8割行ってないと思います」


「そっか。じゃあ、7割くらい?」


「そうですね。そんくらいですね」


「まあ、それでもかなりいいんじゃないですか?」


「やっぱりお姉さんは普通の中学生じゃないよね」


「でも、私はE検準1級持ってるんでこれくらい普通以下なのではないかと・・・」


 すっかり照れくさくなって謙遜すると、Z先生は


「あー、そっか。確かにね」


 と納得していた。


 いや正直だな、この先生は。


 授業時間が終わりになった。


「そろそろ終わりかな」


 Z先生がグーっと伸びをした。その姿を何度も見てきたが、見る度に私は近所の猫を見ている感じがして癒された。


 可愛いなー、先生も。


 癒された眼差しでZ先生の方を見ていた。


 これからさっき使った教材を置きに行くのかな。大変だなー、先生って。




「今日は授業終わりかな」


 いつもだったら、こう言うはずのZ先生。でも、私をどきっとさせる様な言葉をZ先生は言った。


「じゃ、過去問使ったんだから棚に戻しといて」


「え?」


「重いからさー」


 Z先生が重そうにS試験の英語の過去問を持ち上げ、帰り支度をし終えた私に渡そうとしてくる。


「ほら、めっちゃ重い、重すぎて肩がもげそう!」


 Z先生が大袈裟に分厚い本を今にも落としそうなリアクションをする。


 先生もちょっと幼いなー。でもまあ、私が使ったものだから私がしまうのも当然か。


「わかりましたよ、しょうがないですねー」


 最初は面倒だったが、Z先生の大変そうなリアクションが微笑ましかったので渋々ではあったが受け入れることにした。


「やった、ありがとー」


 Z先生から過去問を託された私。予想以上にかなり重かった。


「お、重いです」


「強制だから。頑張ってお姉さん」


 キラキラした目をして、ぶりっこみたいなガッツポーズをしてくるZ先生。


「うるさいですねー。私、先生の仕事、代わりにやってあげてるですよ!」


 カチンと来て私がちょっと怒って見せるとZ先生はくしゃっと笑った。


 それにしても、重い!この過去問は。

 先生方は大変なんだね、こんな重い教材を毎日持ち運ぶなんて。



 S試験の本の棚は廊下の端っこの方に位置してあった。教室を出てから廊下にある本棚まで、少し距離があったので重い本を持ち運ぶのには一苦労。


 でも、この作業はちょっぴり先生になった気分になれた。それにZ先生のお手伝いをしているも同然だし。


「先生、Sの過去問、これどこら辺に戻せばいいですか?」


「ああ、その辺でいいよ、その辺で。適当にしまっておいて」


 監視の為にあとからついてきてくれたZ先生の指示を受け、過去問をしまおうと私はかがんだ。正直、塾でかがむという行為に恥ずかしさを感じていた私だったが、この時ばかりはしょうがない。


 重い過去問を戻そうと他のS試験の本をかき分けていた時、Z先生がにやにやしながら呟いた。


「面白いね」


「何がですか?」


 私は過去問をしまいながらZ先生の方をを見上げ、Z先生がにやつきながらそう言う理由を聞いた。


「お姉さんが過去問持ってるの」


 きっとからかっているのだろう。そう思った私はちょっと怒った。


「失礼ですね!」


 Z先生はまたおかしそうに笑った。好きでZこの作業してる訳じゃないのに!


 本棚があまりにも汚かったので、私は立ち上がる前に崩れかけている本の並びを綺麗に整理した。本棚には英語に限らず、様々な科目のS試験の過去問があった。

数学、国語、物理、化学、地学、生物、政治・経済、倫理、歴史・・・。


 自分も2年早く生まれていればこの過去問たちに触れられたはずなのになー。

 大学入試の変更を発表した文部科学省に対して怒りを感じた。


 寂しい眼差しで比較的綺麗に並べられた過去問たちを見つめ、私はすっと立ち上がり、Z先生の方へと向き直った。


Z先生が嬉しそうに笑って、


Goodyグッディー


 と妙な英語で褒めてくれた。


「Goody, Goody」


 そう言うZ先生は満足げな表情だ。


「Goody じゃないです。Goodjobです」


 と私が言い返すと、


「あ?」


 とヤンキーみたいに聞き返され、


「うるさいなあ、知ってるよ、そんぐらい!」


 と笑顔で言い返してきた。つられて私も笑った。


 受付を済まそうとした時、Z先生が最後の挨拶をしてくれた。


「お姉さん、明日ねー。・・・D村さん」


 今思えば、何で無視なんかしちゃったんだろって思う。何か、恥ずかしかったから。だから、挨拶が出来ず、俯いてしまった。挨拶が出来ない子だって思われたんじゃないか。冷たい対応をしてしまった自分に今でも腹が立つ。


 苗字で呼ばれることに対し、敬遠されている様な気がして嫌気が差してしまっていた私。思春期ってよくわからない。きっと、それが嫌だったら挨拶もそっけなく無視しちゃったのかな。今でも、それは後悔してる。





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