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The Math Book  作者: Wam
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初心に帰る冬と冬期講習の申し込み用紙

 12月に入った。少し蒸し暑さを感じていた日もあったのに、この時期になるとそんなことは一切なく、まだ厳しいとまでは行かなくとも「冬だよね」と他人と言い合えるほどの寒さにはなってきていた。


 学校にいる人は皆、コートを着出した。マフラーもつけ始めた。手袋も。

 塾にいる人は皆、コートを着出した。マフラーもつけ始めた。手袋も。

 道ゆく人は皆、コートを着出した。マフラーもつけ始めた。手袋も。


 私も塾に来たてだったあの冬によく着ていた姉のお下がりのコートと、中学生の頃に母に買ってもらった白と水色のチェックのマフラーと、紺色チェックの地味な手袋をつけて外を歩き始めた。


 コートとマフラーと手袋を身に着けているといると思い出す。最初にZ先生に出会った時のことを。北風は私のことを初心に帰らせてくれる。


 そんな時期がやって来たんだ。


 そして、もうひとつ。


 冬期講習の季節がやって来た。春期、夏期に続いて。それで講習シリーズは全てコンプリートだ。すっかりZ先生と顔を合わせることが恥ずかしくなってしまった私が2度と面談に参加することはなかったが、代わりに両親が塾の面談に行ってくれた。


「ただいま。ねえ、今日の面談、どうだった?」


 学校から帰って来て、面談があった日は必ず両親にこう話しかけた。大体、両親は面談での様子を細かく話してくれる。それが私の楽しみとなった。


「冬期講習の提案されたよー」


「ほんと!?」


 今回の面談では冬期講習の案内についてが主だったらしく、私はテンションが上がった。毎回、塾側は面談の資料を渡してくれるのだが、私はそれを読んでは至福のため息をついていた。


 Z先生、こんなこと書いたなんて。先生らしいな。

 A先生。しっかり見てくれてるんだな。嬉しい。


と心の中でいちいち突っ込みを入れながら。


「冬期講習も頑張んないとね!いよいよもうすぐ受験だから!」


「うん、頑張るよ!」


 母と顔を見合わせ、うんうん と頷いた。父は何だか不満げな顔していたが、それをよそに。


 A先生の授業の日までに両親は冬期講習の申込書を完成させてくれ、朝学校に行こうと部屋で支度をしていたした時に、母からファイルに挟まった申込書を手渡された。


「これ。今日はそのままA先生の授業でしょ?」


「あ、うん。ありがとう。A先生に渡しておくね」


 母の手から申込書を受け取ると、私はその場で申込書の入ったファイルをリュックに詰めた。他に忘れ物がないか一旦部屋を見回してからリュックのチャックを閉める。そしてもう1度、部屋を見回してから


「行って来ます!」


 と声を張り上げ、自分の部屋を飛び出した。


「冬期講習の申込書持った?忘れ物はない?」


 母に懸念されたが、私は自信を持って


「うん。。さっき冬期講習の申込書はリュックに入れたよ。だから大丈夫!」


 と返した。


「それなら安心ね」


「うん。ごめん、今日帰り遅くなるかも」


「わかったわ。大丈夫よ」


「なら良かった。じゃ」


「はなちゃん、気をつけるんだよ」


 さっきからずっと玄関で黙ったまま私と母の会話を聞いていた祖母が口を開いた。


「最近は夜に馬鹿者が多いからね。はなちゃん狙われちゃうよ」


「大丈夫だって。おばあちゃんは大袈裟だなー」


 祖母の言葉に笑いながら時計を見たが、時計の針を確認した瞬間に青ざめた。


「まっずっ!もうこんな時間だ!行って来ます!」


「はい、行ってらっしゃい!」


 今度こそ私は別れを切り出し、勢いよく玄関の扉を開けた。

 全力疾走でマンションの廊下を駆け抜ける。こんなことが日常茶飯事だった。



「行ってらっしゃい!」


 という母と祖母、2人の言葉がこだますることも。



 学校が終わってすぐに塾へ直行。A先生の授業まで大人しく自習をしていた。


 途中Z先生の話す声が聞こえて来た時は、胸が張り裂けそうだった。私はひとりなんだって。別にZ先生が来ることもなかった。


「冬期講習の紙、持って来ました」


「おー。持って来たかー」


「はい。ちょっと待って下さい。今から出しますね」


「はい」


 ごそごそとリュックからファイルを取り出し、申込用紙だけを引っ張り出した。


「お願いします」


 と言うと、A先生は


「わかりました」


 と受け取り、教室を去っていった。Z先生も授業をしていたらしく、A先生と話していると紛れたがZ先生の声を聞く度に苦しいという気持ちに駆られるのだった。





 


 

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