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The Math Book  作者: Wam
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最後の模擬へ向けて

 その翌日、学校に行って友達に合格の報告をしたら、皆大袈裟に喜んでくれた。


「すごいじゃん!おめでとう!」


「中3で準1級はすごいって!だってうちなんてまだ3級だよー」


 幼稚園からの幼なじみは私に抱きついてきた。


「ほんとすごいよ、はなちゃんは。今度、英語教えてね」


 私はすっかり浮かれていた。こんなに喜んでもらえるなんて。

 

 やっぱ、この学校にいてもいいかも。


 あれだけ嫌いだったのにその学校を好きになりかけた。人ってそんなもんだ。


 どんなに嫌いなことでも何かいいことがあったら気持ちが揺れ動いてしまうものなんだ。


 学校の英語の先生にも褒められたし、英語の先生もメールでお祝いしてくれた。昨日、姉親子が帰った直後に英語の先生から父にメールが届いたので、父に読んでもらった。すっかり喜びの余韻に浸っていた私。


 学校が終わった後、水曜日の自習に行ったのだが、あの時Z先生に会ったのかどうかは覚えていない。沢山の記憶たちにかき消されてしまったのだろう。


 そのまたあ次の日にはZ先生の授業があったはずだ。確か、ほんの少しだけ覚えていることと言えば、これだけ。


「先生。E検の2次試験、何だかんだで無事に合格することが出来ました」


 1次試験突破の時は言えなかったのでZ先生が来た瞬間に私は口を開いた。


「おおー。おめでとう」


 

 結果は安泰の薄い反応。予想はしていたので別に薄い反応に関しては突っ込む所はなかった。というよりかは、E検に受かったことで気分が上がっていたので薄い反応にも嬉しみを感じていたのかもしれない。


「次はじゃあ、1級受けるの?」


「はい、恐らく」


「やばいなあ」


 貧乏ゆすりをしながらZ先生は天井を仰いだ。あとはしらけた。


 あっさり、終わったな。Z先生も支えてくれたE検の話。


「じゃ、E検で頑張った分、次は受験に向けてしっかり頑張って下っさい」


「受験、うわー、あと受験まで2ヶ月くらいじゃないですかー」


 気がつけば10月もとうの昔に過ぎ去り、11月の真っ只中。前は半袖の人口が多かったはずなのに、今や半袖の人間を見ることはなくなった。むしろ、初めて塾に来たあの季節と同じ温かい服装をした人がほとんどだった。


「その前に熱海の模擬ね」


「あ」


 完全に忘れていた「熱海の模擬」の存在。E検ですっかり浮かれ気分だったのが一気に吹っ飛んだ。頭の中に「熱海の模擬」というメモがぺらっと貼られた。


「・・・そうでした。忘れてました」


「来週末だよ、熱海の模擬」


 脳内のメモに「来週末」という言葉が上書き保存される。


「嘘おおおおおおおお!」


 私は周りの教室に聞こえる勢いで叫んでしまった。


「そうだよ、忘れてたの?」


 呆れ顔のZ先生。


「だってE検頑張ったばっかりですよ!そりゃ忘れるじゃないですか!」


「しかも1月に受けるの?熱海の模擬」


「え、考え中です」


「ちなみに公立受ける子は受けた方がいいけど、1月は入試本番の所が多いから」


 Z先生の言ったことで完全に私が1月に熱海の模擬を受けるという可能性は消え去った。 


 きっと最後になるであろう熱海の模擬。


 「じゃ、これで最後かもしれないです」


「ね。そうだよね。だからまあ、残りちょっとしかないけど、対策していきますか」


「はい」


 そう言ってZ先生はすっかりボロボロになった熱海の過去問を開いた。使い古しなんだろうな、とZ先生が毎回持ってくる度に思っていた。


 この光景を見れるのも最後なんだな。

 もう、熱海の模擬に向けて勉強することなんてないんだ。


 今までにE検で欠席した回を除く3回、熱海の模擬を受けていた。そして、この4回目が最後となる。


 Z先生と一緒に問題を解きながらも、私は寂しさを感じずにはいられなかった。






「じゃ、最後の熱海の模擬、頑張ってね」


 週末、数学と国語、それぞれ最後の熱海の模擬を迎えた授業でZ先生とA先生、どちらにも言われた言葉だ。私の目の前で、この2人から「熱海の模擬」という単語が飛び出てくることはもうないだろう。私は寂しく笑って、「はい。頑張ります」と答えた。



 迎えた週末。熱海の模擬の日。当たり前のことかもしれないが、結局熱海の模擬の会場で自分に声をかけてくれる人なんて、誰1人としていなかった。皆、自分の友達とはっちゃけることだけで精一杯。幼稚園を地元で過ごしたにも関わらず、結局その同級生の顔を見ることもなかった。


 でも、もう緊張なんてしなかった。全4回の模擬、全て同じ作業の繰り返しだったから。


「それでは回答を始めて下さい」と試験監督者が声を張り上げ、終わりにはチャイムがなる。休み時間にはひとりぼっちでぼけっとする。


 別に奇跡も何も起こらなかった。ただ普通の熱海の模擬試験。


「それでは本日は以上です。今日はお疲れ様でした」


 試験監督者の挨拶と共に、周りにいた受験生全員が立ち上がり、友達を見つけては出口へと向かう。私も荷物を片付けてから出口へ向かう受験生たちの雪崩に身を投げ込んだ。窮屈で苦しい。でも冬だったからおしくらまんじゅうしているみたいで暖かさも感じた。


 この光景もこれで最後か。嬉しいけど、何か寂しいんだよね。


 雪崩に乗っていたら、気がつかないうちに階段を降り、1階の長い廊下を通り過ぎて校舎の出口へと押し出されていた。


 建物から出た瞬間、雪崩集団は一気に解散し、それぞれの方向へと散らばった。

 さっきまでの暖かさが消え、代わりに冷たい空気が私を凍てつける。


 笑いながら別れを交わして帰っていく人。一緒に友達と連れ立って帰る人。私みたいに颯爽と帰っていく人。


 思えば、私はずっと仲間外れだったな。制服も皆と違って。

 そう、受験会場に集められたのは地元の公立の生徒たちばかりだったので私はいつも服装が浮いていた。


 校門を出る前、私は校舎の方を振り返った。初めて見た校舎の姿。

 立派な建物だったんだな。もうこの場所に足を運ぶことなんて2度とないけど。


 じゃ、さよなら。熱海の模擬。


 そっと校舎に向かって微笑むと、私は駅に向かって歩き出した。

 




 



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