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The Math Book  作者: Wam
8/94

甘酸っぱい春

春季講習が幕を開けた。


  春季講習だから毎日授業があるのかと思ったがどうやらそういう訳ではないらしい。でもこの時の私は4月から海外旅行に行く予定があった為、予定が少し詰め詰めだったのは確かだった。

 

 本当は毎日塾に行ってZ先生に会いたかったからちょっぴり残念な気持ちはあった。まあ、春季講習だから週に二、三回は会える様にはなったたのだけれど。


 最初は本当に今は春季講習なのかというくらい人が少なかった。元々人と触れ合うのが苦手な特性を持っている私にとってはありがたいことではあったのだが。だからZ先生とも少しずつではあるが話せる様になっていった。


「先生はテレビ見るんですか?」

「俺?うん、めっちゃ見るよ。」

 手遊びしながら薄い反応の先生。すかさず私はZ先生に話しかけてみる。

「私はおばあちゃんにテレビ取られちゃうし親がダメっていうんで週に一、二回とかですよ」

「あ、そうなんだ。え?何見てんの?」

「********とかです」

「ああ〜そっち系かあ〜。俺はねえバラエティとかエンタメ系見ちゃう」

 

 あ、やっぱりな、だってZ先生そういう系見てる気がするもん。


「それ見たら私、親に怒られちゃいますもん」

「D村さんの家庭って厳しいんだね」

「はい、厳しすぎて私ゲームしたことだってないです」

「え!?まじで!?俺なんてほぼ毎日ゲームだよ」

 相変わらず手遊びをしながら答えるZ先生。でも先生が少し話に乗り気になってくれたのは確かだった。

「いいですね〜、みんな周りゲームしてるからゲームの話題入れないんですよ。あと漫画もダメなんで」

「あ、そうなんだ、厳しい〜。俺だったらこっそりでもゲームとかやっちゃうけどな。」

「いや、そもそも隠してやろうと思わないです」

「へえ〜偉いね」

「そもそも関心がないんで・・・で、先生」

「ん?」

「毎日テレビ何見てるんですか?」

「基本的には*チャンネルかなあ」

「あ、合わないですね私たち。私土日しかテレビ見ないですけど#チャンネルばっかです」

「そうなんだ」

「日曜は**Q見ます」

「あー、日曜日は俺も#チャンに行くなあ。」

「え、**Q見ますか?」

「見てるよー」

「え、なんの企画好きですか?」

「えっとねえー・・・・M・・・」

「Mぞんですか?」

「いや、そっちじゃなくてM川の方、***男の。あれ、めっちゃ面白くない?」

「わかりますよ、その気持ち。でも私はやっぱりMぞんの方が面白いと思います。」

「あー、まじか。やっぱ俺らって合わないね」

「ですね。」


そう言って二人で笑った。この瞬間にやっぱり先生がZ先生で良かったと思った。

真面目に授業を受けて授業の最後に雑談をする。たった10分くらいの雑談ではあったがそれだけでもかなり幸せだった。


 

 問題を解いている途中、たまに先生は教室を出て行ってしまう時があった。当然だが、先生がつきっきりでいてくれる訳がない。Z先生だって休憩が必要なのだ。

 

 Z先生が出て行ってしまうと教室には一気に静けさが訪れる。周りに人が少ない時はあまりの静かすぎて、人が多くいる環境が苦手な私でさえ寂しさを感じた。しかも周りに誰もいない一人ぼっちの孤独。Z先生が教室を出て行ってくれた安心感も大きいがあまりに時間が長いと逆に自分の行動や言動を振り返ってかなり不安になっていた。そして毎回Z先生が帰ってくる度に安心感も一緒に帰ってくるのだ。


  寂しいという気持ちを紛わすために必死でZ先生から出された問題を解き続けた。でも元々数学が苦手というだけあって解ける問題はまだ少なかった。解けない問題があるとZ先生に聞きたくなる衝動に駆られ、更にZ先生がいない時にはもっと苦しかった。何もすることがなかったので解けた問題を消しゴムで消して、また一から解き直すことさえしていたほどだ。それくらい私は人が苦手なくせに寂しがり屋な所があった。


 当然のことだが私はZ先生に寂しがる素振りを見せることはない。逆にそんなことをされたらZ先生は気持ち悪がるに決まっている。だからあえて普通に問題に一生懸命になるふりをしていた。当然ながらZ先生がそんな私に気がつくはずもなく、教室に戻ってきたら何事もなく授業を始めるのだった。




  塾に向かう時、いつも外は暖かかった。近くには桜が咲き乱れており美しい桜の雨に濡れながら駅に向かっていた。

 今振り返ればあの時が懐かしい。

 いつも桜を見上げながら今日はどんな授業になるのだろうと思いを膨らませていた。そして太陽も優しい日差しで私のことを照らしてくれた。

 咲き乱れる桜と甘い日差しの太陽をみているといつも授業に遅刻しそうになっていた。だからいつも春の心地良さに負けない様に必死だった。

 そんな春季講習に行く時の道のりが大好きだった。

 街の人たちも夏の様な薄着出なく冬の様な厚着でもなくふんわり暖かい服装をしていて、彼らのことをみていると春を感じる様になっていた。


 そんな季節の中で時々冷たいけど少しずつZ先生と仲良くなっていった私。


 例えるとするのならば梅の甘酢漬けの様な春だった。

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