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The Math Book  作者: Wam
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私と、Z先生と、Iくんと、Eくん

そして触れて来なかったが、後ろでずっと自習をしている子がいるなーと思っていた。自習している子を放っておけないZ先生は、その自習をしている男の子に声をかけた。


「で、お兄さん。今度熱海の模擬受けるっしょ?」


「おお」


 ん?この声は知ってるよ。声変わりしてもちょっと高めのこの声を。

 まさか、じゃないよね。え?もしかして後ろにいる?あの子。


 後ろを振り返ると、それはあの「謎の少年」Eくんだった。

 この時、初めてEくんが私と同じ中3であることを知った。ずっとEくんの見た目が幼めだったので中1か中2くらいの小生意気な男の子だと思っていたのだ。


 Eくんだっけ?ごめん。と、心の中で小さくEくんに謝った。


 流石にこれは可哀想なので仲良くなっても、私は彼が何歳に見えたのかについては決して言及しなかった。


「あ、そうだ。先生」


 Z先生とEくんの会話でZ先生に伝えなければならないことがあったので私はZ先生に声をかけた。


「んー?」


「私、熱海の模擬の日、E検の2次試験が被っちゃってるので行けません」


「E検の2次試験いつ?」


「あと8日後です」


「あ、そうなんだ。じゃあそっちを優先して頂いて」


 妙に丁寧な言い方だ。


「ありがとうございます」


 しばらく沈黙。Iくんがかりかりとシャーペンを動かす音だけが教室中に響いた。


 後ろから誰かが近づいてくる気配。そして読んでいた2次試験の本に暗い影がかかった。


「模擬この人も受けないの?」


 ちらっと影を作った犯人の方に目をやると、Eくんが席を立ちZ先生と絡みながら私の2次試験の本を見つめていたのだ。


「んー?そう。この人は模擬受けないんじゃなくて受けれないの。E検の2次試験受けるから」


「へえー」


 そう言いながらEくんは視線を私の本に引っ付けて離さない。


「この人、何級受けるの?」


あ、とうとうこの質問来たか。Z先生がまた、私に「ねえお姉さんは何級受けるの?」と尋ねてくるパターンだと思って身構えていたが、その必要はなかった。


「準1」


 ドヤ顔で即答するZ先生。2次試験の本から目を離してZ先生の方へ視線を見やるとちょうどZ先生がドヤ顔をしている所で吹き出しそうになった。


 意外な答えにEくんは驚くのかと思っていたが、Eくんもかなりの度胸があった。


「俺、1級だから」


 そうドヤ顔で言い返すEくん。なんだこの雰囲気は、ドヤ顔大会か。


「すごいね、1級受けるんだ」


 大真面目にEくんがE検1級を受けると思っていたので、私は素直にEくんのことを褒めた。


「まあ、確かにこの子は水泳に関しては1級だなー」


「あ?水泳ですか?E検じゃなくて?」


 私はZ先生の言ったことで完全に拍子抜けした。そういうことか!


「水泳やってるんですねー、Eくん」


「らしいね」


「私、クロールくらいしかわかりません」


「クロールってこうですよね」


 そう言って、さっきまで大人しく勉強をしていたIくんがシャーペンを動かしていた手を止め、クロールの真似をし始めた。


「そーそー、そうだね」


Z先生もクロールの真似をする。つられて私までクロールの真似をしてみた。


「こうですよね?」


すると、その場にいた3人とも爆笑し始めたのだ。Z先生なんて、手を叩いて口が聞けなくなっている始末だ。私、そんなに変な真似したかな?


「え?クロールってこうじゃないんですか?」


「か、かまきりみたい」


中1の少年の失言のせいで私まで爆笑して口がしばらく聞けなくなってしまった。


しばらく爆笑した後、Eくんが言った。


「かまきりみたいだから、宿題増やしていいよ」


「ねー、そーだねー。かまきりみたいだから宿題増やそう」


 Eくんの言ったことに便乗するZ先生に対して、私は慌てて口を開いた。


「何ですか、その言いがかりは!超意味わかんないんですけど!」


「かまきりみたいに動くのが行けないんだって!」


Eくんが上から目線で私に言ってきたので、ムッとして


「だから私、泳いだことあんまりないからクロールとかよくわかんないんだって!」


 と言い返した。しばらくEくんと私で言い合いをしていたが、結局


「まあ、俺1級だから準1頑張ってー」


 と言い残してEくんは教室から去った。それが何となく嬉しくてちょっと照れながらも、


「ありがとう」


 って返した。そして後ろの席に荷物を残したまま、授業終わりまでEくんが教室に戻ってくることはなかった。


「先生。ライティングのプリント刷って下さったり、文法教えて下さって本当にありがとうございました」


Eくんがいなくなってから改めてZ先生にお礼を言うと、Z先生はさっきと同じ様なドヤ顔で


「だろ?」


 って返してきた。なんかZ先生、だんだんEくん化してきてるなー。


 それがおかしくて笑ったら、Z先生もつられて笑ってくれた。


「お姉さんの英語がすごすぎるから、これから中3で英語勉強する人とは授業一緒にしないわ。その子が可哀想だから」


「えー、そんなことしなくても」


「その代わり、数学で俺と勝負だ」


「へ!?」


 いきなりのライバル宣言に面食らう私。それに会話のつじつまも合ってない。


「そりゃ、私の方が負けますよ、数学に関しては」


「俺も他の生徒も英語ではD村さんには敵わないから。もうさー、お姉さんを海外に行かせよう」


「え!? 海外ですか!?」


 正直、海外という単語からZ先生の口から飛び出してきて驚いた。


「うん、海外。D村さんはもう日本にいない方がいいよ」


「でも、私、海外嫌です。日本の方が居心地がいいので」


「へー。せっかく英語力高いのにもったいなーい」


 その言葉がなんとなく私の先に刺さった。海外、かあ。私、海外行くの怖いんだよなー。その2年後、まさか私が留学しているなんて、当時の私には想像もつかなかった。


「先生」


「んー」


「どうやったら緊張しなくなりますか?2次試験で。私、すごい緊張しちゃうタイプ何ですよー」


「えー、緊張しなくなる方法?・・・手のひらに『人』っていう字を3つ書いて食べるとか?」


「あー、その方法知ってる!」


 Iくんが口を挟んだ。私でさえ、その方法は聞いたことがあった。


「そしたら緊張しなくなりますかねー」


 不安げに呟くとZ先生は真顔で


「うん。しなくなるんじゃない」


 と答えた。


 あとは発音の話とか流行りの言葉の話とかをした。内容はもう覚えていないが、とにかく3人で楽しく喋れたのは確かだ。4分の3くらいを話すことに使い、結局3人で離している間に授業は終わりを迎えてしまった。


「今日はありがとうございました」


 お礼を言うと、この時はドヤ顔はせず、真顔で「あー、いーえー」とどこか遠くの方を見つめながら返してきた。きっと次の授業の生徒を探していたのだろう。

そう思いながら私は教室を後にした。


 廊下を通って受付に行くと、何やら作業をしているO先生に出会った。


「おっ」


「あっ」


「こんにちは!」


「こんにちはー」


「元気にしてましたか?」


「うん、元気だったよ。はなこちゃんは?」


「はい、元気です」


「良かったー」


 簡単な会話ではあったが、O先生に出会えて少しでも話せただけでも幸せな気分になった。


 カードをセンサーにかざすという作業を終え、カードをしまってふと受付の方を見ると、可哀想に、Iくんが外から帰ってきたばかりのEくんに絡まれている所だった。Z先生の姿は、なかった。


 でもこの日、Z先生と沢山話せてE検の1次試験突破の知らせを伝えただけでもう幸せいっぱいだった。


 帰り道、私は空を見上げた。とっても綺麗な星たちが空いっぱいに散らばってキラキラと輝いていた。もうすぐ、寒い季節がやってくるんだな。そんなことを実感させる様な空だった。


 私と、Z先生と、Iくんと、Eくん。


 このメンバーでまた集まれるのはいつかな。また、あるとすればもう1回だけでもいいから話したいな。


 あの4人で話した記憶は1週間経っても鮮明に覚えていた。














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