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The Math Book  作者: Wam
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台風で縮まったA先生との距離


台風が直撃した日だった。


 雨風が強まってきている中ではあったが、8月のあの台風の経験を活かしてか、この日は塾は閉鎖しなかった。

 

 この日は確か土曜日か何かで学校が早く終わり、一旦家に帰る余裕があった。


 家に帰ると母に出迎えられ、塾が通常通りであることを知らされた。


「今日はいつも通り、塾もやってるみたい。今日はZ先生?A先生?」


「今日はねー、A先生」


 自分で言いながらはっと気がついたA先生の授業。A先生とはあまり打ち解けていなかった時期なので不安があった。


 今日は別に台風に授業飛ばされても良かったのに。


 そう思ってしまう悪魔の私がいた。


「他の教室では台風のせいで中止になった所もあるみたいよ。はなさんの通ってる所は普通にやるのってどうしてかしらねー」


「塾側がきっと今日は大丈夫って判断したんでしょ。だって前も台風で塾閉めたのに晴れたじゃん」


「天気荒れる気がするけどねえ」


 母は不安そうに窓辺から積乱雲で荒れてる空を見つめた。母の言った通り、この日は荒れた曇り空でとても嫌な雰囲気を漂わせていた。


「今日、本当に塾に行くの?」


「うん。A先生に迷惑かけたくないし、そりゃ行くよ」


 そう言いながら私は塾に行く支度を整え、学校のものを取り出してすっかり軽くなったリュックを背負った。


「傘だけは持ってくのよ」


 母がベランダに干してあった傘を持ってきて、玄関に移動した私に傘を手渡してくれた。


「うん。ありがとう」


 素直にお礼を言って母から紺色の傘を受け取る。そしてすぐに「行ってきます!」

と行って玄関を飛び出した。


「行ってらっしゃい!気をつけてね!」


「うん!」


 私と母の会話がマンションの廊下でこだました。


 台風の力を甘く見ていた気がする。

 駅までの道のりで雨風は一旦止んだものの、駅のホームに着いた瞬間に土砂降りへと変わった。雨が強くボロボロの駅の屋根を打ち付け、更に風もかなり強かったので、屋根がミシミシと音を立てていた。そのせいで駅が崩壊しないかと冷や冷やしたほどだ。ざあざあ降りの雨とびゅうびゅうの風に加え、雷までも台風の合唱に加わった。ホームを見回すと誰1人と人が見当たらなかった。


 ひとりぼっちのホーム。これはこれで新鮮で面白みがあったが逆にここにいていいのかという不安と恐怖にも煽られた。

 

 土砂降りの中、私は今日は塾、どんな日になるのかなあとぼんやり思っていた。



 15分くらい待って、強風・雷雨の影響で少し遅れていた電車が到着した。

 電車の中にはほとんど人が乗っておらず、異常な隙々様だった。

 電車に乗ると、電車の席が湿っていてかなり気持ちが悪かったので立って次の駅まで乗り過ごすことにした。電車に乗っていてもずっと電車は雨風に打たれており、とても不安になった。


 こんな状況で塾か。流石にこの状況は危ないのに、今日はよく塾開けるって判断したな。


 駅に着いても天候は荒れる一方だった。傘を差せば今にも傘が飛ばされそうになるし、服も濡れて、おまけに靴と靴下はびしょ濡れになった。それでもここまで来たら後には引けない。駅からは思い切って塾までダッシュした。











 塾の扉の前に着いた頃には傘がほとんど意味を成さず、服までも濡れてしまっていた。こんな姿、見られちゃったら恥ずかしい。でも、今からタオル買う訳にも行かないし・・・よし、行くよ!


深呼吸をしてから扉に手をかける。そして扉を思いっきり引いた。


「こんにちはー」


「あ、来た」


 受付には見たことがある先生が2人、そしてZ先生とA先生が立っていた。


 何で今日に限って2人してここに・・・恥ずかしい!と顔を俯きながら受付を済ませていた時だ。


「やっぱり来たんだ」


 Z先生が嬉しそうに笑って受付から出てきてくれた。


「やっぱり来ると思ってたよ」


 A先生も続けて言いながら、濡れている私に近づいた。


「D村さんが来るまでずっとD村さんは来るだろうって話してたんだよ」


 Z先生でもなくA先生でもない先生までが温かい言葉で私を労ってくれた。


「めっちゃ外やばいんですけど」


「ね、外めっちゃやばいよね。D村さんも濡れてるよ」


「はい、めっちゃ寒いです。今日こんな天気何でてっきり今日は塾がないかと思ってました」


 私は傘を傘立てに差してから、A先生の方へ近づいた。ちょっと鼻が高くなった私は高慢な言葉を口にした。


「偉くないですか?私、外が土砂降りの中、ちゃんと塾に来ました」


するとその場に来た全員がバラバラではあったが、


「うん、めっちゃ偉いと思う」


 と褒めてくれた。今、これを振り返ると、なんて生意気な生徒だったんだろうって思う。


「まあ、そんなんでじゃあ、A氏との授業、頑張ってー」


 Z先生と2人の顔見知りの先生に見送られて、私とA先生は教室へ向かった。

他の生徒さんも普通に塾に来てるでしょ?何で大袈裟に褒めてくれたんだろうと思っていたが、ここで謎が解けた。


 ほとんどの教室が空っぽだったのだ。私とA先生、そしてもう1、2組いたかいないかくらい。実質、授業のスペースを私とA先生で貸し切っている様な状態だった。


「今日、台風だからこんなに人いないんですか?」


「うん。今日台風来るって言ったらほとんどの人が授業お休みにしちゃったみたい」


「じゃあ、私も授業休みにした方が良かったですか?A先生が塾に来なくて済むんで」


「いや、逆に来てくれた方がありがたい。どーせ次の授業あるし」


「あ、次の授業あるんですね」


「うん、まあ。今日は通常授業だからね、こんな状況でも」


 いつもは緊張してしまうA先生との授業。この日はすっかりほぐれていた。


「じゃあ、いつものテキスト出して」


「はい」


「・・・何か、今日やけに静かだよね。いつもはこの時間帯、ピークのはずなんだけど」


「ですよね。静かすぎて超怖いです」


「ねー」


 いつも以上に他愛のない会話をA先生と交わせたことがとても嬉しかった。

 


 授業中、私は塾の建物が強風の影響で揺れていることに気がついた。比較的高い場所に位置していたせいだろうか。本来なら黙っているが、この日は正直にA先生にこのことを訴えていた。


「先生、何か建物が揺れてませんか?」


「え?・・・別に・・・揺れてないよ?」


「何か、すごい揺れてるの感じます」


「嘘! 俺は別に何も感じない」


「え、怖いです。揺れてますよ!ほら!」


「そうかな?俺は、何も、感じない」


「じゃあ私だけですか?」


「・・・そうじゃない?」


 ちょっと冷たく言い放たれた気がしたが、私はそれを明るく捉えてみた。


「私だけ、何か感じるって、超嫌なんですけど。幽霊見てるみたいで」


 そう言うと、A先生はおかしそうに笑って、「大丈夫だよ!」と言ってくれた。


 それからずっと、だいぶリラックスをして授業を受けることが出来ていた。

 この日は雑談が結構多かった気がする。時間もあっという間だった。


 授業が終わって私は身支度をし、A先生と一緒に受付へと向かった。受付でもちょこっとだけ話が出来た。


「先生。今日はありがとうございました」


「あ、いいえ。それじゃ、気をつけて帰ってね」


「はい」


「でも、何か雨、止んだっぽいね」


「そうですね、音聞こえてないですし、建物も揺れてないですし」


「ねー」


「・・・」


「・・・」


「・・・それじゃ」


「はい」


 ぎこちなく、別れの言葉を言い合い、傘の迎えをして私はA先生に受付の扉を開けてもらって塾を後にした。



 ちらっと外を見ると空はすっかり綺麗な秋晴れを見せてくれて、もう傘の出番なんて、なさそうだった。

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