残暑で知ったZ先生の強さ
9月に入り、本格的に2学期が始まった。そして魔法が解けたかの様に塾での通常授業も始まった。A先生の国語を除いては。
曜日を事前にZ先生に相談し、再び週に1度の授業が始まった。確か、この時からもう個別授業ではなくもう1人高校生くらいの男の子が授業入っていた。
1週間会ってないだけで、久しぶりにZ先生に会った感覚がした。Z先生は受付からずっとそっけなく対応してきた。まだZ先生に対してかなり繊細な時期だったから、私はこの時点ですっかり内心傷ついてしまってた。Z先生はもちろん、そんなのお構いなしに授業をする。
前回、出したはずの宿題のこと、Z先生は完全に忘れていたので、この日は「はい、宿題」と要求してくることはなかった。Z先生と言い合いが出来ないので、私はちょっと残念がっていた。
なんだ、今日宿題要求しないんだ。せっかく先生の為にやってきたのに、つまんない。
そう退屈に思いながらも私は真面目に授業を受けたり、質問を繰り返していた。
変化があったのは、授業の中盤あたり。Z先生の一言で。
「さあて、っと。ちょっと早いけど宿題出そうかな。テキスト貸して」
私はびくっとした。反射的にテキストを閉じ、テキストをZ先生に奪われない様に机の奥の方へ非難させる。
「え、ちょちょちょちょちょ! ねねね!」
Z先生が腕を必死に伸ばし、何とかテキストを掴もうとする。
私はその様子がおかしくて声をたてて笑ってしまった。
「何でテキスト貸してくれないの?」
「だって宿題出すんですよね?わかってますよ」
Z先生も困った様に笑った。
「だから早くテキスト貸して!早く!」
「嫌です!」
「はーーーやーーーく」
「宿題出すなら嫌ですってば!」
と私が言い終わらないうちにZ先生は私のテキストを引っ掴んだ。即座に私も何とかテキストの端っこを掴む。
互いに笑い合いながらも、何ひとつ言葉を交わさずにテキストの引っ張り合いが始まった。圧倒的にZ先生の方が力が強く、どう見てもZ先生の方が優勢なのは明らかだった。それでも私は手を離さず、しばらく耐えた。
しかし、私の力はすでに限界を迎えそうだった。
Z先生の気を引くつもりで私はZ先生に尋ねた。
「先生、握力いくつですか?」
「50・・・7!」
そうZ先生が叫び終わらないうちにマイクリアは勢いよくZ先生に引っこ抜かれ、私は手を話してしまった。Z先生の気をそらす所が、逆に墓穴を掘ってしまった自分。私はそれでも諦めずにテキストを取り返そうとしたが、あっけなくZ先生に阻止されてしまった。
「それは強くないですか?」
やっと諦め、握力の話に話題を戻す。
「うん、知ってる」
そう言いながらZ先生は私のテキストをパラパラめくる。
「私なんて21ですよ、握力。ってことは先生の握力は私の2.5倍ってことですか?」
「かな?・・・で、どこにしよっかなー」
Z先生はシャーペンを右手に持ち、二次関数のマイクリアのページをじっと見つめた。
「まじでやめて下さい!なしでいいですって!」
私はZ先生からシャーペンとテキストを奪おうとしたが、ひょいっと簡単に交されてしまった。
「じゃあ、こことここと・・・」
適当ではあったが二次関数のページにどんどん丸をつけられていく。私からの攻撃を上手く交わしながら。
「ここでっと!はい、じゃ、返す!」
Zテキストがひょいっと机に置かれた。私は即座に二次関数のページを開き、丸をつけられた箇所を消しゴムで消し始めた。
「あーあーあーあーあー!!!」
Z先生の嘆く声を他所に私はにやつきながらシャーペンで書かれた丸を消そうとした。
「せっかく俺が丸つけたのにーもっと濃いめに丸つけとけば良かった」
「でも先生、なかなか上手く消えてくれないんですど」
「じゃあD村さんが消し終わったら、薄い線手掛かりにしてボールペンで丸つけようかな」
「もっとやめて下さい!」
慌ててテキストを閉じた。Z先生おかしそうに笑う。
「いや冗談だよ、冗談。でもD村さんが消した跡、そこは宿題だからね」
「やりたくないですー」
「だめですー」
「じゃあやってきませんからねー」
「だめですー」
ここで今日の宿題戦争は一応私の勝ちで終わった。
「そーいえば、熱海の模擬、どうだった?」
話題がガラリと変わった。私はただ「難しかったです」と答えただけだったが、Eくんに遭遇したことは言わないで置くことにした。
「あーまじ? 俺の生徒みんなそーゆってるわ」
「今回の模擬、難しかったんですか?」
「まあ、らしいね。あ、そーいや模擬の問題用紙、忘れたんだっけね?今日」
「最初に言ったはずです」
「そーいやあ、そうだった。俺さー、すぐに忘れちゃうんだよね」
「そーですよね!宿題出したことも忘れるくらいですもんねー」
Z先生の気を引こうとわざと失言をしてみた。
「あれ?そういや俺、宿題出したっけ?」
「どうでしょう?」
「え?待って?出した気がしてきた。ちょっと記録見てみるわ!」
「出してないですって!」
私が止めるのも聞かず、Z先生は慌てて手元の記録を確認し始めたが・・・
「・・・あ。俺、前回記録書くの忘れた」
まさかの一言。ほっと胸を撫で下ろした。
それにしてもやっぱりZ先生は忘れんぼさんだ。
「良かったですー」
「んー?まあ今回は見逃してあげよう」
「やったー」
「でもこれからはちゃんと書くからね」
「いえ、書かなくていいです」
進路の話題にもなった。
「D村さんが行きたい所って〇〇高校か××高校だっけ?」
「そうですね」
「2択かな?」
「はい」
「そっかあ」
「どっちを第1志望にするか悩んでるんですよねー」
「そーなんだー」
「どっちもいい学校なんで」
「そーだよねー」
Z先生は親身になって私の進路相談に乗ってくれた。今でもそれには感謝してもしきれない。ちょっと涼しすぎる所はあったけども。




