表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
The Math Book  作者: Wam
56/94

ひとりぼっちの受験生

 中3、特に夏期講習あたりは塾に対してとても不安定な気持ちを抱いていた。塾に行ったとしてもいつも1人ぼっちで机に向かう。Z先生やA先生、時々話しかけてくれる様になったO先生とは愚か、誰とも話さないで1日を終えることも少なくなかったから。その度に自分のことを誰も気にしてくれない悲しさに襲われ、塾から逃げ出したいと何度思っていたことか。大人しく自習室の机に向かっている時、何度友達連れが楽しそうに塾で青春を謳歌する姿を見てきたことか。廊下をすれ違うと、毎回と言っていいほど笑顔で話す友達連れを目にしてきた。


 勉強に打ち込んでいてもひとりぼっちでいることを必死で耐えていた。


 自習室は毎日の様に人で満席になるが、親切なことに、決して塾の先生方は自習にやってきた生徒たちを追い返すことはしなかった。必ず、自習できるスペースを無理をしてでも作りってくれるのだ。授業している教室に1箇所だけ空いているスペースだけではなく、廊下の端っこに机を用意してまで生徒の自習スペースを作るのだ。おかげで授業の為に廊下を通り過ぎようとすると、廊下にはずらっと机が並べられており、そこで生徒たちが自習に励んでいる姿をよく見かけたものだ。


 私も一度、自習室のスペースを確保することに失敗して廊下で自習をするハメになったことがある。廊下を通り過ぎる人たちからの視線が冷たく感じ、勉強どころの話ではなかったことをよく覚えている。


 自習室のスペースならプライバシーを確保できたからまだしも、授業している生徒や先生がいる真横や廊下の隅っこでの自習は誰かに見られている気が常にしていたので嫌いだった。それに自習室にいる時よりも、私は1人なんだってことを妙に実感してしまうのだ。 


 そして、必死に塾で自習をしている自分が何よりも辛かったこと、それはZ先生が誰かと楽しそうに話をしていることだ。これはやきもちという感情なのだろうか。でも、やきもちにしては随分と悲しい感情だ。怒りなどではない。胸が締め付けられるのだ。


 私は元々、そんな人間ではなかった。他人のことなどどうでも良かった。それなのになぜ、Z先生にはこんな感情を抱いてしまうのだろう。これって恋愛感情になってしまってるのかな。それとも、友達とか憧れとかいう意味の恋なのかな。

私のZ先生に対する「好き」という意味は、ずっと格闘することになる。


 


 Z先生のことを考えるだけで、ひとりぼっちだと実感させられることだけですっかり辛くなってしまった私はよく自習室を去って、遠く離れた町の図書館で自習をしたり、あるいは高台に行って1人、街の景色を見下ろしていた。その癖がついたのは、あの苦手な女子高生との出会いから。彼女を避ける為に、私は必死で逃げ回っていた。これ以上、私が傷つかない為に。1人ぼっちも案外いいものだって、図書館へ向かう道のりや高台にいた時によく思った。塾では辛かったはずの孤独が嘘みたいに。

場所って不思議だ。場所が変わったくらいで人の考えもすっかり変わってしまうのだから。


 この年の夏、ずっと私はひとりぼっちだった。



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ