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The Math Book  作者: Wam
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涙で頬を濡らした後

三月二十三日。この日は卒業式だった。


 当時まだ中学二年生だったので私が卒業ということではなかったのだが、私の大好きだった高校三年生の先輩がこの日、卒業を迎えることとなった。


 


 三月の下旬に差し掛かっているにも関わらず、雪がふりしきる中での卒業式。きっと地球温暖化が迫ってきているのだろう。そう思っていた。


 そして雪に埋もれながらも必死で咲いていた桜は非常に美しく、また切なさも感じた。


 


 私も来年はこの中学校を離れるのか。来年の今頃はどうしているのだろう。


 そうぼんやりと考えながらも時間だけが過ぎて行った。




 そして先輩との最後の別れ。実は私の友達にも憧れの先輩がいて、その先輩も高校三年生。私と同じでこの日が最後だったという。そんな彼女が私が先輩に渡す分まで花束を作ってくれた。ピンク色のブーケで包まれたなかなか可愛らしいだった花だったことを記憶している。今でもその友達には感謝しきれない。


 


 そんな友達と二人で卒業式から帰ってくる先輩を待ち伏せして花束を渡した。大好きな先輩はものすごく喜んでくれ、それがあまりに嬉しくて、そしてもう学校では先輩の姿を見れないという寂しさで涙が溢れ出てきた。先輩と出会った頃、学校で一緒に手紙を交換し続けたこと、たまに学校で会ってお喋りしたことが脳裏に蘇り、私の涙は溢れて止まなかった。


「また会えるんだから、泣かないでよ」


 そう言って私をぎゅーっと抱きしめてくれた先輩の温もりは今でも忘れていない。


私たち二人は雪の中ではあったが一緒に写真を撮り、そしてまた手紙を交換しあうという条件を互いに約束した。


卒業してからも私と先輩は何度か会うことは会ったし、そして日本にいない今でも手紙を交換する習慣を続けている。そして私たちは名残惜しくお別れをしたのだった。





 実はこの直後にZ先生の授業があって塾に直行することになるのだが、塾に行く道路は涙が溢れ続け、更に雪にも打たれていたので心も体も濡れて塾に行きたいとはあまり思えなかった。Z先生に会えたとしても。違う塾ではあったが同じ理由で、一緒に先輩に花束を渡した友人も電車に乗った。雪が溶けてびしょ濡れになった電車の床を魂が抜けた様にずっと見つめていた。




 友達と別れ、電車を降りたあとの塾の道のりは雪のせいで険しく、塾に入ったときは雪まみれでコートについた大量の雪をはらわなければならなかった。




 塾にきて教室で待っているといつもの様にZ先生が教室に入ってきた。やっぱり人の感情に鈍感なZ先生は何食わぬ顔で授業を始めた。




 私も最初は何事もなかったかの様に授業をしていたが、この日は授業中に沈黙が訪れる回数が多く、しかもどれも長い時間だった。恐らく私のテンションが卒業式のせいで異常に低く、私の方からあまり喋らなかったせいだろう。沈黙が長いと卒業式であったことを回想する時間が増え、それがとても辛かった。




 そこで、思い切ってZ先生に卒業式であった全てのことを告白することにした。


 


 自分には大好きでずっと仲良しだった先輩がいたこと、その人とは本当に楽しい時間を過ごしていたこと、手紙を交換していたこと、その先輩が高校三年生で卒業を迎えたこと、卒業式の後に友達と花束を渡したのだが感情的になって泣いてしまったこと、大好きな先輩に抱きしめられたこと、一緒に雪の中で写真を撮ったこと、また連絡をとり手紙も交換し続けると約束したこと、名残惜しく別れたこと。話しているとまた涙が溢れそうになった。Z先生は決して馬鹿にしたりせず、頷きながら真面目に私の話を聞いてくれた。




「で、泣いた」


「はい、泣きました。抱きついちゃいましたもん」


「あー。」


 ここだけはなぜかニヤついていたZ先生。でもそれ以降は真面目に喋ってくれた。




「だって学校でもう会えなくなっちゃうんですよ。寂し過ぎますよ」


 俯き加減に言う私。


「でも手紙交換するんでしょ?」


「はい、これからも手紙交換します」


「ならいいじゃん、また会えるかもしれないし」


「まあ、確かにそうですけど」


「それにしてもずいぶん先輩と仲が良かったんだね、俺、そんな先輩いなかったなあ。手紙交換とかしたことないし」


 そう窓辺の方をぼーっと見つめながら呟くZ先生。


「そうなんですか?」


「うん、でもまあ俺は友達とめっちゃ仲いいけどね」


「確かにそう見えます」


「でしょ?」


「いや、でしょ?って普通そう言います?先生」


 ちょっとふざけて笑う先生。元気がなかった私もほんの少しだけ微笑んだ。


「でもまじですごいと思うよ、そんなに先輩と仲良くなれるなんて。お姉さんの学校はすごいね。俺もそんな風に先輩と仲良くなってみたいよ」


 Z先生に羨ましがられて正直すごく嬉しかった。だって、Z先生が私のことを羨むなんてほぼなかったから。といってもまだ塾に入ってから一ヶ月あまりだったのだが。


「まあ、これからもその交友関係を続けて下さい」


「言われなくても絶対に続けますもん」





 Z先生と一緒に笑い合って話すことも大好きだったが、真面目な話で盛り上がることも好きだったし楽しかった。沈黙で気まずくなるよりは全然よかったし、何よりZ先生の価値観がわかる気がして面白かったから。


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