猿の過去
こなさなければならない業務の数々を前に、カレーが運ばれてくるまでの間、俺は過去の自分のことを思い返していた。
それは、俺が33才の時だった。
30の時に入ったIT企業も長く続かなかった俺は、自分には何か欠陥があるんじゃないか? という疑問を頭の片隅に抱くようになった。
(他の人は一つの会社を長く勤め上げる。 俺は社会に適合しない人間なのか?)
原因があるなら早めに取り除くか、それが叶わないのなら、俺に見合う生き方を見つけなければならない。
焦っていた俺は、就活帰りの電車の中、スマホでネットを開き、こんな言葉を見つけた。
「ADHD、多動性障害……」
色々なものに興味が向いてしまい、注意が散漫になって業務をまともにこなせない。
職を転々とする自分は、もしかしたらこれに当てはまるのではないか、そう思い、いてもたってもいられず、病院に予約を入れた。
翌日、都内にある発達障害の相談を承っているクリニックに足を運んだ。
クリニックでは、20の質問に答えるペーパーテスト、IQ診断を行い、面談を行った。
「堀ノ内猿彦さん」
「……はい」
名前を呼ばれ、先生の個室に入る。
診断結果を教えてくれたのは、天パーメガネの若干キツそうなおばさん先生だった。
「あなたは至って正常。 IQも平均値より高いし、優秀な部類よ。 中には自閉スペクトラムの性質を持つ人もいるけど、あなた、堂々としてるからそれは無さそうね」
「しかし…… 私は職を……」
「社会には症状が強く表れて、自分の努力ではどうしようもない人だっているわ。 あなたの場合、職場を変える理由は、ただ単純に興味が薄れたから。 もう33才なんでしょ? いい加減自分の道を見つけなさい。 30を越えたら人はそれまでの経験を活かして自己実現を行っていくものよ。 それが出来ない人は、一生、何も成せないわよ」
帰り道、俺は先生に言われたことをずっと考えていた。
会社を転々とする理由は、会社に適合しないからではなく、打ち込むべき仕事をしていなかったから。
(それなら……)
俺は自分がやるべき事は何なのか、部屋に引きこもって考えることにし、約一ヶ月後、その答えに辿り着いた。
そして、それを成す為に、俺は自分の会社を設立することにした。
俺はまだ、ここで死ぬわけにはいかない。
やるべき事をやらなければ……
「はい、お待ち」
「……!」
カレーが運ばれてきた。