幽体離脱
(カリッカリー? ……聞いたことが無いな)
俺の行き付けとは程遠い店名を言われ困惑していると、先輩が言った。
「体は俺のを貸してやる。 人の体なんだから大切に扱えよ。 んで……」
「ちょっと、待って下さいよ。 次から次へと、頭の整理が追いつかないです。 まず、カリッカリーなんて店、俺、知らないですけど」
「たはーっ、バレたか」
指先で頭を触り、すっとぼけた仕草をする先輩。
お調子者を絵に描いたような人だ。
「先輩の行き付けなんですか? その店」
「いや、駅前にあんだよ。 理由はそれだけ」
……はぁ。
俺にとって何のゆかりも無いカレー屋の店主を助けることになるとは。
気を取り直し、再度質問する。
「あと、もう一つだけ聞かせて下さい。 先輩の体を使うって、一体、どういう……」
「それは今から説明してやる。 こういうことだ」
突然、先輩がそこら辺に転がってるビールの空き缶を掴んで投げつけてきた。
放物線を描いて飛んできたそれを掴もうとすると、するり、と抜け落ちる。
「……なるほど」
「お前は今透明人間みたいな状態で、誰かの体を借りなきゃ認識すらして貰えねーのよ」
「……だから、先輩の体を借りる、と」
「そういうことー。 今脱ぐからちょい待ちな」
(脱ぐ?)
先輩がベッドの上に横になる。
脱ぐ、の意味はすぐに分かった。
昔、「たっち」という双子の芸人が幽体離脱というネタでブレイクしたことがあったが、まさにアレだ。
俺は目を見開き、自分の目を疑うとはこういうことか、と思った。
ベッドには弛緩して横たわった先輩。
そしてもう一人、魂だけの状態の先輩がこちらを見ている。
(……今はこの現実を受け入れるしかない、か)