後日談3(オグウェノとカリストの場合)
オグウェノがセルシティの書類仕事の手伝いにも慣れた、ある日のこと。
クリスが国の治療師の状況報告のため、セルシティの執務室を訪れた。事務仕事をしているオグウェノを見て、クリスが感心する。
「ちゃんと真面目に仕事をしているのだな」
「誰のせいだ? こんなに長く書類仕事をするのは、人生で初めてだ」
「貴重な経験だな」
「できれば経験したくなかった」
オグウェノがぼやきながら机に書類を置く。反対側に座っているセルシティが軽く微笑んだ。
「第四王子は、優秀でとても助かっている。クリスティ、連れてきてくれて、ありがとう」
「いや、そこはオレに礼を言うところだろ」
「「そうか?」」
二人の声が重なった。オグウェノが項垂れながら立ち上がる。
「そういうところで、息を合わさないでくれ。そういえば月姫」
「なんだ?」
「黒い執事はいるか?」
クリスが影に視線を向ける。
「呼べば出てくるぞ」
「少し話しがしたいんだが、いいか?」
「だ、そうだ。どうする?」
クリスの影が揺らめき、カリストが姿を現す。
艶やかな漆黒の髪に、すべての光を吸い込むような純黒の瞳。女性と見間違うほどの麗しい顔立ちは、優雅に微笑んでいる。
「ここで、ですか?」
「いや、場所は変えたい」
カリストがクリスを伺うように見る。クリスが一人で行動できるのは、カリストが影から護衛しているのもある。そのため、守るべき主から離れたくない。
そのことを察したオグウェノがフォローする。
「護衛なら、この部屋の前にイディを置いていく。話をするのは隣の部屋だ。なにかあれば、すぐに駆け付けられる」
「まあ、それならいいでしょう」
「月姫、借りていくぞ」
「あまり長くならないようにな」
「あぁ」
オグウェノはカリストとともに隣の部屋へ移動した。
談話や休憩室としても使われるため、余計な備品や飾りはない。落ち着いた淡い緑の壁紙に、庭が見渡せる大きめの窓。その前に、大きめのソファーとローテーブルが置いてある。
オグウェノはソファーに寝転び、足を投げ出した。
「お疲れのようですね」
カリストが影の中からティーセットを出し、紅茶を淹れる。
「慣れないことの連続だからな」
「それなら断ったら、どうですか? 第三皇子も無理強いはしないと思いますよ?」
「それが、意外と面白いところもあるんだよな。あと十日もすれば、結果が出てくる案件もある。それが、どうなるか追ってみたい」
「では、やめられませんね」
カリストが茶菓子をローテーブルに並べる。オグウェノが体を起こした。
「オレが手をつけないって分かってて、準備しているだろ?」
「そうなんですか?」
カリストが心外とばかりに表情を崩す。オグウェノは呆れたように肩をすくめた。
「わざとらしいな。茶の準備はいいから座れ」
「はい」
カリストがオグウェノの向かいのソファーに腰かける。
「月姫から聞いたのだが、黒の一族は、人々に根付いていた〝神に棄てられた一族〟への嫌悪意識を和らげる処置をしたそうだな?」
「えぇ。完全に嫌悪感を取り除くことは無理ですが、普通に会話が出来る程度にしました。あとはクリス様次第、といったところでしょうか」
「この世界の人間、全てに、か?」
「はい」
「それだけか?」
カリストが無言になる。
「月姫は、それだけだと思っているようだが?」
「そうですか」
「月姫も気付いていないんじゃないか?」
カリストは答えない。
「この国は男尊女卑が強い。現帝からの命とはいえ、女である月姫が治療師総統になるのは、かなりの反発がある。そう考えて、オレは月姫の周囲に人を置いて監視していた」
「はい」
「だが、そこまで露骨な反発はなかった。軽い嫌味や、嫌がらせはあるが、その程度だ」
「予想が外れましたか?」
カリストの問いにオグウェノが視線を鋭くする。
「この国の民の男尊女卑意識も操作したか?」
「この国の民だけなんて、器用なことはできませんよ」
「……つまり、全世界の人間の男尊女卑意識を操作した、ということか?」
カリストは答えず、紅茶をポットからカップへ注ぐ。
「無言は肯定ととらえるぞ?」
「どうぞ」
差し出されたカップから湯気がのぼる。ほのかにレモンの爽やかな香りが混じった良い香りだ。
だが、オグウェノは一瞥しただけで、手をつけない。
「オレは黒の一族が怖い」
カリストが自分の前にもカップを出し、紅茶を注ぐ。普通ならば、一介の使用人と一国の王子が茶をともにするなど考えられない。だが、ここにはそれを咎める人などいないし、オグウェノも気にしない。
「いつか黒の一族は、神たちとの闘いを忘れるだろう。そうなった時、この世界をどう見るか」
「遥か未来のことになりそうですね」
「あぁ。だが、ありえない話ではない。この世界に生きるオレたちの子孫を、操ろうとするかもしれない。いや、子孫たちの神に、なろうとするかもしれない」
カリストが無言のままカップに口をつける。
「そんな未来のことなど、誰にも分からない。できれば、オレの杞憂で終わらせたい」
「そうですね」
「そのために、できることがあるなら、オレはしたい」
「どうするのですか?」
オグウェノがカップを手にとった。
「黒の一族と交流がしたい」
カリストが黒い目を丸くする。オグウェノは言葉を続けた。
「今すぐは無理だ。だが、この状況が落ち着いたら、交流を始めたい」
「思いのほか、早い決断ですね。クリス様は、もう少し流れを見るつもりのようでしたが」
「月姫は領主だ。どうしても国という、大きな存在の動きを見てから判断してしまう」
「その点で言うと、あなたは第四王子という国を動かす存在。自ら世界を動かす判断もする、ということですか」
オグウェノが軽く手を横に振る。
「そんな大層なものでもない。ただ、そっちも下準備が必要だろう。ならば、早めに動いておいたほうがいい」
「分かりました。こちらも、そのように動きましょう」
あっさりと受け入れられたことにオグウェノが驚く。
「ここで決めていいのか? 黒の一族で相談とかしなくていいのか?」
「私は、この世界と神の世界を切り離した、功労者の一人ですから。今回のことで、それ相応の権限を与えられました。外界との交流は、私に一任されています」
「……なんか胡散臭いな」
「おや。そのようなことを言っていると、交流なんて出来ませんよ?」
「それは困るな」
オグウェノがカップを持ち上げ、一口飲んだ。
「これでいいか?」
カリストが吹き出すように笑う。
「無理に飲まなくても、いいですよ。世界が落ち着きましたら、交流を開始しましょう。その時までに、もう数人ほど、黒の一族の人間を起こしておきますから」
「タナカハナコのような人間か?」
カリストが苦笑いをする。
「外に出たいという人は、変わり者が多いですから」
「まともに交流できる人を準備してくれ」
カリストは微笑むだけだった。




