後日談1(ルドの場合・断末魔の叫び編)
帝都にある魔法騎士団の宿舎。その食堂のテーブルにルドはうつ伏せていた。その目に生気はなく、口からはブツブツと呪怨が垂れ流れる。
そんなルドを仲間の騎士たちは、声をかけるでもなく、遠巻きに眺めていた。
ルドの直属の上司であり、第一部隊の副隊長であるアウルスが、隣で食事をしているウルバヌスに訊ねる。
「ルドはどうしたんだ?」
「師匠不足、だそうです」
よく見れば、こちらも死にそうな顔をしている。いつも滑らかな髪がボサボサに毛羽立ち、目の下にクマがある。
「どうした? 顔色が悪いぞ」
「新しい治療魔法を覚えるのに、寝不足でして……」
「それにしても酷い顔だな」
「魔力のコントロールが、物凄く難しいのです。これなら冬の山越えの演習のほうが、ずっとマシです」
「そんなに大変なのか?」
「それは、もう……ひたすら植物相手に魔力のコントロールです。少しでも魔力が多いと、植物は枯れてしまうので、凄く神経を使います。そして、魔力が尽きれば、書を読み、新しい治療魔法と、人体構造の暗記。そして魔力が戻れば、再び植物相手に魔力のコントロール。この繰り返しです」
細かい魔力のコントロールと、座学が苦手なアウルスの顔が引きつる。
「それは大変だな」
「しかも、魔法騎士団の騎士が新しい治療魔法を覚えるまで、ルドは師匠とかいう、あの治療師に会えないそうで。もう、とにかく必死に教え込んでくるんですよ。そんなの知るかって感じです」
ウルバヌスは力なくテーブルに俯せた。アウルスが脱力したウルバヌスと、抜け殻になっているルドを見比べる。
「第三皇子がしそうなことだな」
「きっと、この状況を楽しんでますよ。おかげで、こっちは最悪です」
「なら、ルドをその治療師と会わせたらいいだろう」
「え?」
アウルスが食べかけの肉の塊を頬張る。
「偶然を装って二人を会わせるんだ。そうすれば、ルドも少しは落ちつくだろう」
「そうか! その手がありましたか! さっそく……」
急いで食事を平らげたウルバヌスは、新しい治療魔法の勉強で苦悶している仲間に声をかけてまわった。
闇のごとき濃霧を撒き散らしながら、ズルズルと暗い影が廊下を移動する。その気配と異様さから、屈強の騎士たちも、本能的に道を開ける。
琥珀の瞳は濁り、ブツブツと口から漏れ出る言葉は、誰も聞き取れない。
「せっかく師匠と両想いになれたのに……ずっと会えてない。最後に会ったのは、いつだ? いつになったら、自由に師匠と会えるんだ? いつになったら、師匠のそばに……師匠……師匠はどこだ……」
今は落ち着いているが、いつ魔法騎士団が出陣する事態になるか分からない。早急に新しい治療魔法を教え、最低限の治療が出来るようにしなければならない。それは時間との戦いでもあった。
それには、家と魔法騎士団の本部を往復する時間と体力さえも惜しい。
その結果、ルドは魔法騎士団の宿舎に寝泊まりをすることになった。そのため、ルドの実家にいるクリスと会えていない。
魔法騎士団の騎士たちが、最低限の治療魔法を使えるようになれば、家に帰れる。が、その前に自分が発狂する。
(せめて声だけ……声だけでも……)
「おい」
無愛想に呼ぶ声。ついに、師匠の幻聴まで聞こえてきた。
「どうした?」
「師匠?」
ルドが顔を上げると、クリスがいた。黒い治療師服を女性用のドレス風に仕立て直した服。首から下げている白のストラ。
クリスしか着ることが出来ない服。
「師匠!? ほ、本物ですか!?」
「本物も偽物もないが……どうしたんだ? 顔色が悪いぞ。ちゃんと食べっ……グッ」
腕の中でクリスが呻く。ルドはクリスの首に顔を埋めて深呼吸をした。
「はぁ……師匠だ……」
しみじみとクリスを堪能する。どす黒い気配が消え、清々しく爽やかな風が吹き抜ける。ルドの顔に生気が戻り、明るくなった。
あまりの変化にクリスが訊ねる。
「どうしたんだ?」
「師匠不足で倒れかけていました」
「なんだ、それは?」
「ずっと師匠と会えていなかったんですよ? 師匠は寂しくなかったのですか?」
クリスが顔を赤くして俯く。逃げたくてもルドにしっかりと腰を捕まれているため、動くこともできない。
「いや、それは、その……」
「ん? よく聞こえませんが?」
ゴニョゴニョと言葉を濁すクリスの口元にルドが耳を寄せる。
「その、私も……さみしかっ……」
「もっと大きな声で言わないと、聞こえませんよ?」
「おまっ、わざと言ってるだろ!」
「そんなこと、ありませんよ」
クリスが目を潤ませて睨む。しかしルドは、それもご褒美です、と言わんばかりの溶けた笑みで見つめる。
二人から漂うド甘い空気。蜂蜜やチョコレートを無理やり突っ込まれたように口の中が甘い。
そもそも、魔法騎士団は世の女性から見たら、魅力的な相手だ。だが、出会う場面がない。そのため、魔法騎士団の騎士たちは一人身が多かった。
それゆえ、徐々に集まる嫉妬と妬みと、その他もろもろの視線。
「だ、だが、三日前に会っただろ? 帝城での定期報告……」
「「「「「はい、終了!」」」」」
魔法騎士団の騎士たちが、ルドを拘束して強制的に引き離す。
「なんだよ、たった三日じゃねぇーか!」
「まるで百日ぐらい会ってない顔しやがって!」
「茶番だ! 茶番!」
「おら、さっさと人体構造とやらの本を書き写して、オレたちに配れ。全然、冊数が足りてないんだよ」
「へっ!? ちょっ、離し……師匠! ししょうぅぅぅうぅ!」
さすがのルドも、複数の騎士に拘束されたら逃げ出せない。見守っていたウルバヌスがクリスの隣に来る。
「わざわざ来てもらったのに、すみません」
「犬が指導できているか確認するために、ここへ来る予定だったからな。ついで、だ」
「ですが、まさか三日会えていないだけだったとは……」
「いや、私も会えて嬉しかっ……な、なんでもない! なんでもないぞ!」
クリスが慌てて口元を隠して否定する。頬は羞恥でほんのり赤くなっている。以前、会った時はいけ好かない不愛想な治療師だったが、こうして見ると可愛らしい乙女だ。
ウルバヌスが微笑む。
「どうせなら、宿舎内も案内しましょうか? 魔法騎士団の宿舎なんて、滅多に見れませんよ?」
「いや、次の予定が……」
「あ、ルドが使っている部屋とか見てみます?」
「なにっ!?」
断ろうとしていたクリスがピクリと動く。無表情を装いながらも、深緑の瞳は興味津々だ。
ウルバヌスが上品な笑顔でクリスに手を差し出す。
「では、さっそく……」
「ウゥールゥーバァーヌゥースゥー!?」
ウルバヌスの背後から殺気が上る。振り返らなくても、誰の殺気か分かる。
ボロボロになったルドが、ウルバヌスの肩を掴んだ。
「今日は、治療魔法を人にかける練習をする予定です。なので、怪我をしていただけませんか?」
「いや、待て。早まるな」
「火傷するだけでいいです。あ、骨折でもいいですよ?」
「他をあたってくれ!」
逃げるウルバヌスをルドが追いかける。
クリスが呆れたように眺めていると、魔法騎士団長のダーチェが現れた。短く刈り込んだ灰色の髪に、くすんだ青い瞳。渋く年配の落ち着きがある。
「騒がしくて、すまない」
「いや。犬が元気そうで安心した」
「犬……か。魔法騎士団のエースも、治療師総統の前では形無しだな」
ダーチェは改めてクリスの正面に立つと、まっすぐ頭を下げた。
「シェットランド領侵攻時の、こちらへの配慮。恩に着る。おかげで自国民を傷つけるという、最悪の事態を防げた」
団長自らが頭を下げた。しかも、女に。
その光景によるざわつきは、さざ波のように周囲に伝わっていく。しかし、クリスは気にすることなく言った。
「気にするな。それに、あのまま攻めてこられても、領民は傷つけさせなかった」
「ルドから聞いた。それだけの攻撃力、防御力がありながら、部下たちが傷つかないよう、最大限の配慮をされていた、と」
「こちらも無駄に傷つけるのは本意ではない。そもそも、クラウディウスの暴走が原因だ。おまえが気に病むことではない」
「そうもいかない」
ダーチェが目元にシワを寄せ、年齢を重ねた渋みがある笑みを浮かべる。
「礼もかねて、食事を奢らせてもらえないかな?」
「え?」
「だぁーんぅーちょぉーおぉぉぉぉ?」
クリスは突然、背後から抱きしめられた。ルドがダーチェからクリスを引き離す。
「油断も隙もないんですから! 師匠、団長の言葉に騙されないでください。この人は隙あらば食事に誘う、人たらしです」
「人たらし?」
ダーチェが落ち着いた雰囲気を消し、軽い口調でルドに訊ねる。
「思ったより早く戻ってきたな。治療魔法の講義は?」
「怪我の治療を実地でするために、演習で怪我をしてもらっているところです」
「慣れない治療魔法の実験台になりたくないから、みな必死だろうな」
ルドはダーチェを睨んだ後、途中で捕まえたアウルスにクリスを差し出した。
「頼りになるのは、堅物の副隊長だけです。師匠をお願いします。師匠、副隊長から離れたらダメですよ」
「……私は子どもか?」
「では、頼みましたよ!」
ルドが走って消える。アウルスが肩をすくめてクリスに視線を落とした。
「忙しい身の上だろう? さっさと仕事を済ませよう。どこに案内すればいい?」
「では、犬が指導している治療魔法の内容が分かるものを……」
こうしてルドはクリスが視察に来ていても、まともに会話できないまま、その日を終えた。
「いつになったら師匠とゆっくり会えるんだぁぁぁぁぁ」
シェットランド領侵攻は「ツンデレ治療師は軽やかに弟子との恋に落ちる……のか?」の77話以降のことです




