それは、つかの間の休憩でした
食堂に行くと、オグウェノとベレンが席に座っていた。イディは二人の背後に立っている。
オグウェノは立ち上がり、笑顔でカイを迎えた。
「ようこそ、ケリーマ王国の王都へ。本来なら女王が挨拶をするべきなのだが、なにぶん忙しくてな」
「仕方ない。世界レベルでの異変だからな」
クリスがカイを睨む。
「知らないと、言ってなかったか?」
「ほとんどって言っただろ? 神の加護が必要な魔法が使えなくなった、というのは聞いた。だが、何故使えなくなったのか、とかは知らないぞ」
「……そうか」
クリスが近くの席に座る。
「金獅子殿は、こちらへ」
「あぁ」
カイが席に座ると、使用人たちが料理を運んできた。
「で、これからどうする予定だ? いつ出立する?」
「第三皇子からは、即連れて帰って来いって言われてるからな。この後、すぐにでも出発したいのだが……」
カイがクリスに確認すると、平然と頷いた。
「私はいつでも出発できる」
「あ、あの、一つお聞きしたいのですが……」
緊張した様子のベレンに、カイが笑顔で応える。
「どうかしたか?」
「セルシティは、私について何か言っていましたか? 戻って来いとか、来なくていいとか……」
「いや、特には何も聞いてない」
「そう……ですか」
ベレンが横目でイディに視線を向ける。それだけで二人の関係をカイは見抜いた。意地悪くニヤリと笑う。
「姫さんは残るか? 第三皇子には上手く言っとくぞ」
「えっ!? でも、その……」
ベレンが恥ずかしそうに頬を染めて軽く俯く。クリスが容赦なく言った。
「帰るぞ」
「えっ?」
「国の緊急事態だ。ここにいても迷惑になる」
「そう……ですよね」
ベレンが目に見えて沈む。クリスが平然と言葉を続けた。
「オグウェノ、イディには一緒に来てもらう」
「「「「「はっ!?」」」」」
その場にいた全員が驚きの声を上げる。
「女王から許可は得ている」
「ど、どういうことだ!?」
驚くオグウェノにクリスが説明をする。
「ケリーマ王国は、神の加護が必要な魔法が使えなくなっても、女王の手腕で安定している。だが、こちらは違う。混乱は必須だ。だが、セルティはその混乱に乗じて、改革を行うだろう。その時、ケリーマ王国や他国の政治を参考にするだろうが、情報が少ない。だから、オグウェノに手助けを頼みたい。イディはオグウェノの護衛だ」
全員がポカンとした顔でクリスに注目する。
「いつの間に、そんな話を……」
「昨日、女王と話した時にな。女王は賛成してくれた。そもそも、こちらの国で内乱や、戦が起きれば、ケリーマ王国にも影響が出る。なるべく余計な争いは、起こしたくないのだろう」
「と、いうことは……」
ベレンが嬉しそうにイディを見る。イディもこっそりと視線をベレンに向けた。
クリスがオグウェノに訊ねる。
「来てもらえるか?」
「行かないと、イディとお姫さんに恨まれそうだ」
イディとベレンが同時に声を上げる。
「王子っ!」
「そんなことっ!」
そんな二人にクリスが微笑む。
「では、決まりだな。急で悪いが、昼から出発できるか?」
「女王からいつでも旅立てるようにしとけ、と言われていたからな。大丈夫だ」
「聞いてなかったのか?」
「詳しいことは言わないのが女王だ」
「母親なのに、か?」
「そこは、あまり関係ないな」
「そうか。苦労してそうだな」
「まあな」
カイが言葉を挟む。
「昼食の後、カリストとセスナのチェックをする。それが終わったら即出発するとしよう」
「わかった」
こうして昼食を終えると、それぞれ移動のために荷物を運んだ。
真昼間の炎天下。
地元の民は昼休憩の時間帯で、屋内か涼しい木陰で休んでいる。だがクリスたちは、河川にあるセスナに荷物を搬入していた。その隣には飛空艇がある。
カイは荷物の山を前にして唸った。
「そもそも予定より二人増えているからな。重量を考えると荷物は最低限にしてくれ」
「せっかく買いましたのに、置いていかないといけませんの?」
「いや、買いすぎだろ。何を買ったんだ?」
ベレンの背後には、山積みになった大小の箱がある。
「ケリーマ王国の香や布や宝石ですわ。他にも……」
「却下」
「どうしてですの!?」
「必要じゃないだろ!」
「私には必要です!」
カイとベレンが睨み合う。荷物を運んでいたイディが、二人の間で巨体をオロオロさせている。
飛空艇側で指示を出していたオグウェノが声をかけた。
「あとから飛空艇で荷物を運ぶ。すぐに必要な物以外は、飛空艇に乗せろ」
「なら、全部飛空艇に乗せてくださいな」
「やっぱり必要じゃねぇだろ!」
「そんなことありませんわ!」
カイとベレンの言い争いが続く中、イディがいそいそと箱を飛空艇の方へ移動させる。
クリスも荷物の内容についてラミラと話していた。
「いつの間にこんなに買ったんだ? これは何が入っている?」
「こちらには香辛料が入っています。こちらは茶葉です。あとは……」
「いや、そんなにいらないだろ」
「何を言いますか!? これはオークニーでは滅多に手に入らない品物ばかりです! 見かけても、高額でなかなか買えません。この布も、これで服を仕立てたら夏が過ごしやすくなります。あとは屋敷の者たちに……」
「あぁ、子どもたちへの菓子も忘れずにな」
「はい。ちゃんと買っております」
「それなら……」
クリスの足元がふらつく。
「クリス様!?」
「うっ……」
クリスが頭を押さえて倒れかける。背後からルドの腕が伸びて抱きとめた。
「師匠? どうしました?」
「だっ、大丈夫だ。なんでもない」
耳元で声をかけられ、クリスが慌てる。急いで立ち上がろうとするが、力が入らない。ルドがクリスの額に手を当てる。
冷たい……気持ちいい……
ぼんやりとそんなことを考えていると、ルドの表情が険しくなった。
「熱がたまってますね。師匠を少し休ませますので、あとはお願いします」
「わかりました。お任せください」
ラミラが良い笑顔で返事をする。ルドはクリスを横抱きにすると歩きだした。
「は? へ!? おい! 私は大丈夫だ!」
「大丈夫ではありませんよ。軽い熱中症になりかけています」
「いや、だが……おい! 勝手に移動するな!」
暴れるクリスをもろともせず、ルドが日陰へと移動する。建物の影で人通りもない。吹き抜ける少し湿った風が心地いい。
ルドはクリスを抱えたまま腰を下ろした。そして、クリスを地面に寝かせると、真っ直ぐ伸ばした左足の太ももの上に、クリスの頭を置いた。いわゆる膝枕状態だ。
右足は膝を曲げて、いざという時はすぐに動ける姿勢になる。
「ちょっ、まっ、私は問題な……」
「はい、はい」
ルドが取り出した布を、魔法で出した水で濡らし、クリスの額に置いた。次に茶が入った筒を出す。
「飲めそうですか?」
「……あぁ」
ルドが茶をコップに移してクリスに渡す。クリスは体を起こそうとするが、うまく力が入らない。ルドに支えられ、少しだけ体を起こして、茶を飲んだ。
「……はぁ。まさか、こんなに動けなくなっていたとは……情けないな」
「軽い熱中症と、疲れがたまっているんですよ。出発まで休んでください」
「だが……」
ごねるクリスにルドが険しい顔をする。
「体調管理も大切です。動けなければ、自分が抱えて移動しますので、それはそれでいいですが」
「休む」
「はい、お休みください」
ルドがゆっくりとクリスの頭を撫でる。一撫でごとに体の力が抜けていく。
クリスはいつの間にか眠っていた。




