それは、酔っぱらい同士でした
ルドはそっと向かいの椅子に座った。その気配を感じたクリスが、テーブルに伏せたまま愚痴る。
「戻って来るのが遅いぞ、オグウェノ」
これは、だいぶん酔っているな。
ルドがテーブルに並んだ酒瓶を眺める。クリスの前にあるのは、甘めでアルコール度数が低めのものばかり。こちら側に並んでいるのは、おそらくオグウェノが呑んでいた酒だろう。辛めでアルコール度数が高いものが多い。
「そもそもなぁ、あいつには私より、もっと似合う相手がいるんだ。それなのに、なにかと私に……そりゃ、嬉しくないと言ったら、ウソになるが……でも、私は、あいつに相応しくないんだ」
クリスがうつ伏せている腕に目をこすりつける。
「あいつは……可愛らしい伴侶を迎えて、子どもが生まれて、温かい家庭で過ごす。それが幸せなんだ。でも、私だと、それはできない……私は……」
ルドは言いたいことがあったが、グッと堪えた。ここで目の前にいるのがオグウェノではなく、自分だと知られたら、何も話さなくなってしまう。
クリスは悔しそうに手を握りしめた。
「私の体は複製だ……どんな問題が起きるか、分からない。子どもに、どんな影響が出るかも、分からない。そんな……そんな危険があるのに、あいつの気持ちには応えられない」
つまり、その問題さえ解決すれば、気持ちに応えると?
酔っぱらいのルドが、超前向きにとらえる。それまで濁っていた琥珀の瞳が、急に輝きだす。
ルドはオグウェノの声と口調を真似て話した。
「つまり、赤狼のことを嫌っているから、断ったわけではないのか?」
クリスはルドの声真似に気づかなかった。
うつ伏せのまま耳が真っ赤になる。いや、もともと酒で赤かったため、それがますます赤くなった。
「き、ききき、き、嫌っているわけ、では……なぃ」
最後の言葉は小さくなったが、しっかりと聞き取れた。
あー、もう! 顔が見たい! 絶対に真っ赤になって、恥ずかしそうに言っているはずだ。
先ほどまで死にかけていたルドの顔が、生気を取り戻す。嬉しそうな顔をしたまま、オグウェノの声真似で訊ねた。
「好きなのか?」
クリスの体がピクリと動く。そして、しばらくの沈黙の後、うつ伏せている頭が小さく頷いた。
「!?」
ルドは自分の口を押え、叫ぶのを必死にこらえた。
もし状況が状況なら、雄叫びを上げながらテラスから飛び降りていた。普段は真面目でも、今はただの酔っぱらいだ。なかなかに頭のネジが飛んでいる。
調子にのったルドが、続けて聞いた。
「どこが、好きなんだ?」
クリスが顔を庭がある方へ向ける。ルドの姿は見えない位置だ。深緑の瞳を細め、愛おしそうに呟いた。
「そうだなぁ……あいつは、私が持っていないものを、たくさん持っている。見ていて眩しいぐらいだ。まっすぐで、迷いがなくて、自分に正直で……いつも誤魔化している私と大違いだ。それに……」
「それに?」
「無駄なほどカッコいい。顔もいいし、背も高いし、体もしっかりしていて、なにより筋肉がいい。あのバランスがとれた筋肉は……見ていて、飽きなぃ……」
ルドはクリスの話を聞きながら、口を押えて悶えた。帝都にいる母エルネスタに、カッコよく生んでくれて、ありがとう。と、祈りを奉げるほどには浮かれている。
そんなルドの状況など知る由もないクリスは、ウトウトしていた。
「まだ、まだ……ある、ぞ……あいつ、は…………スゥ……」
クリスの寝息がする。そのことにルドが慌てた。
「え? 師匠!? 続きは?」
クリスの髪が茶から金へと変わった。クリスが完全に眠った証拠だ。
「まあ、師匠はお酒に弱いですしね」
ルドが椅子から立ち上がり、クリスの顔を覗き込む。泣いていたのか、瞼が少し赤く腫れていた。ルドの胸が締め付けられる。クリス一人に、こんな苦しい思いをさせていたなんて。
「……よし、決めました」
ルドが決意とともに、クリスを椅子から抱き上げる。
「絶対に諦めませんから。問題を解決して、自分の気持ちを受け入れてもらいます」
決意表明とともに、クリスを横抱きにして移動する。部屋から出ようとしてドアが開かないことを思い出した。
「そういえば、第四王子がいない……」
ルドがこの部屋に入った時のことを思い出す。
「なにか言っていたような……朝まで呑んでろ、とか、出てくるな、とか……まさか!?」
ルドがクリスを抱いたままドアへ移動する。やはり開かないし、オグウェノの魔力が残っている。
「朝まで閉じ込められた……」
「んぅ……」
視線を落とせば、腕の中でクリスがスヤスヤと気持ち良さそうに寝ている。
「このままってわけには、いかないですよね」
気が進まなかったが、ルドはオグウェノの寝室へ移動した。
天蓋付きの大きなベッドにクリスを寝かせる。体の重みでマットが沈む。肌ざわりが良いシーツに包まれたクリスが微笑む。
ルドが離れようとしたところで、髪を引っ張られた。
「え?」
驚いて振り返ると、薄く目を開けたクリスがいる。どこか不安そうな顔で呟いた。
「置いて……行くのか?」
今にも泣きそうな声にルドが困惑する。きっと寝ぼけているのだろう。しかし、これを振りほどく理由がルドにはない。
ルドはクリスの隣に寝ると、安心させるように頭を撫でた。
「どこにも行きませんよ。そばにいます」
「本当……?」
「本当です。起きるまで、ずっと一緒にいます」
「よかっ……た」
クリスが安心したように眠る。その寝顔に気が抜けた。酔いも手伝ってか、眠気がやってくる。
頭を撫でながら、ルドもいつの間にか寝ていた。
翌朝。
ルドはいつもの時間に目が覚めた。長年の習慣は、簡単には変わらない。普段なら、起きて朝の鍛錬を始めるのだが、今日は違った。
緊張しながら腕の中に視線を落とす。そこには、気持ち良さそうに眠るクリスがいる。
「夢……ではなかった」
やけ酒を呑んで、みっともなく酔っぱらったが、記憶はしっかり残っている。クリスが言ったことも全部。
ルドが優しくクリスの頬を撫でる。
「ふっ……」
どこかくすぐったそうにクリスが口元を緩め、身じろぐ。首にかけているネックレスが、胸からこぼれた。
ルドがそっとネックレスに付いている魔宝石に触れる。
「いつか、耳に付けてもらいますからね」
その声に反応するように睫毛が動き、深緑の瞳が開いた。




