それは、反撃のきっかけでした
クリスから無詠唱で魔法が連発される。
火球。風刃。岩石。氷塊。
前触れなく四方から攻撃される。考えている余裕などない。とにかく逃げる。
自分への苦痛なら、いくらでも耐えられる。だが、クリスが襲われる光景は、耐えられない。助けたくても、その頃には死ぬ寸前で動けないだろう。
死ぬまで戦わされる。勝つまで、終わりなどない。
「攻撃するしか……ないのか……」
どこかでボルケーノが嘲笑う気配がした。怒りで頭の血管が切れそうだ。
ルドが歯ぎしりをして覚悟を決める。
「すみません!」
ルドがクリスの懐に入る。腰を落とし、手に力を入れる。
せめて痛みがないように。
魔法を詠唱する寸前。クリスの口が動く。ルドは一瞬乱れたが、すぐに魔法を発動した。
『落雷』
ルドの手から放たれた雷がクリスを直撃する。
「師匠!」
膝から崩れるクリスを抱きとめる。青白い顔に金髪がかかる。深緑の目が開く様子はない。呼吸は微かにしている。
「これで、消えるな」
「なに?」
ボルケーノがこちらを見下ろしている。ルドは眉間にシワを寄せて睨んだ。
「消えるとは、どういうことだ?」
「その女は貴様の心の中の感情。つまり、その女への感情だ。それを自分で攻撃した。心の中では、自身から攻撃をされた感情は消える!」
「なっ!?」
ボルケーノが声高に笑った。
「これで邪魔な感情は消えた! これで勝ったも同然! あのスカしたラプラスの悔しがる顔が目に浮かぶわ!」
「そんな……そんなことのために自分に師匠を攻撃させたのか! 己の満足のために!?」
ボルケーノがフンと鼻をならす。
「貴様のためでもあるんだぞ。貴様が負ければ、今の文明は消える。いいのか? こんなに早く消えても」
「そもそも、おまえたちが人間に関わらなければいいだけだろ!」
「説明しただろ? 人間は繁栄を極めれば、周りを巻き込んで衰退する。その時の被害は甚大だ。だから、そうならないように、我々が手助けをしてやっているのだ」
「本当にそうなのか? 必ず周りを巻き込んで衰退するのか? また繁栄する可能性はないのか? 未来は簡単には決まらない! それを駒同士で戦わせて決めるなど、適当過ぎる!」
「人間ごときでは、理解できないことだ」
「そんなことっ……」
ルドが薄い琥珀の瞳を睨む。その奥に何かを見た。ルドの目が大きく開く。
「娯楽……だと? 刺激のない長い時間の、娯楽の一つ、だと?」
「なぜ、それを!?」
余裕だったボルケーノの顔が崩れる。ルドが怒鳴った。
「しかも、神と悪魔の争いが勃発して、人間の世界を放置した!? しかも、その間に神と悪魔の存在を忘れた人間を憎んで、師匠の一族たちの文明を消しただと!? そんなの逆恨みじゃないか!」
「貴様! それを、どこで知った!?」
激怒しているルドはボルケーノの言葉を蹴った。
「人間をなんだと思っている!? 神や悪魔に比べれば、生きる時間は短い! だが、それでも一生懸命生きているんだ! それを!」
「落ち着け。怒りで自分を見失うと、正常な判断ができなくなる」
ルドの頬に白い手が触れる。それだけで怒りが消えた。ルドが腕の中に視線を落とし、微笑む。
その光景にボルケーノが驚愕した。
「なぜ、そこにいる!? なぜ、消えておらぬ!?」
「攻撃を受けていないからな」
クリスが立ちあがる。ボルケーノがルドを睨んだ。
「どういうことだ!?」
「攻撃をする直前、師匠から提案がありまして。自分が攻撃する魔法を相殺する魔法を、師匠が同時に発動したのです」
「で、私は攻撃が当たったフリをして倒れた」
「くそっ。無詠唱魔法を逆手にとったか。いや、それより女! 貴様は何者だ!? こいつの感情の一部ではないな!?」
クリスがボルケーノを無視して自身の全身を見る。
「この服……記憶が戻った日の朝、夢の中で着ていた服と同じだな。で、ここはおまえの心の中で間違いないか?」
「そうらしいです」
肯定しながらルドがクリスを見つめる。クリスが一歩引く。
「な、なんだ!? なにか文句でも、あるのか?」
「いえ……」
呟きと共にルドがクリスに手を伸ばす。そして、ゆっくりと抱き寄せた。
あたたかな体の温もり。変わらない深緑の瞳の輝き。ずっと、この目に会いたかった。柔らかく腕に収まる体は同じなのに、なのに違う。
「やっと、やっと会えました」
壊れないように。逃がさないように。そっと、確認するように。しっかりと抱きしめる。噛みしめるように、堪能するように。深く、深く、クリスを全身で感じる。
ルドが感極まっている一方で、クリスは突然のことに硬直していた。まさか、ルドがこんな行動をするとは思っておらず、反応できない。
各々の世界に浸っている二人に、ボルケーノが怒鳴る。
「女! 貴様は何者だ!?」
「見たら分かるでしょう? 師匠です」
ルドが手を緩めることなく、顔だけを上げて説明をする。その動作は、少しでもクリスを離すことを惜しみ、尚且つ、ボルケーノにクリスの顔を見せるのも、惜しんでいる。
ボルケーノが語尾を荒げる。
「そうではなく!」
「そういえば、師匠。どうやって、ここに?」
ルドがボルケーノを無視して、腕の中に視線を落とす。クリスが顔を上げると、ルドが今まで見たことがないほど穏やかで、嬉しそうな顔をしていた。
クリスの顔が噴火しそうなほど顔を赤くなる。
「ま、前に、おまえの魔宝石を飲み込んだことがあっただろ? その時、おまえの心の中のような場所に行ったから、今回も……」
「……師匠、自分の魔宝石を飲んだんですか?」
明らかにルドの声が下がる。クリスは気まずくなって、視線を足元に逃がした。いつもなら必要性を説明して、無理やりにでも自分の意見を押し通す。それが、なぜか今は出来ない。
「あ、あぁ」
「そうですか」
説教されると思ったクリスは、ルドがあっさり納得したので不思議に感じて顔を上げた。そして、後悔した。
「そのことについては、あとでしっかりとお話ししましょう」
とてつもなく良い笑顔なのに、その背後には不気味で不穏で得体が知れない、何かが渦巻いている。クリスは、ルドがエルネスタの息子であることを確信した。間違いなくエルネスタの血を受け継いでいる。
クリスが顔をひきつらせる一方。余裕のルドはもう一度、愛おしそうにクリスを抱きしめた。
「師匠、ありがとうございます。あなたが来てくださったおかげで、すべてが分かりました」
「どういうことだ?」
ルドが名残惜しそうにクリスを離す。
「まずは、ボルケーノをここから追い出しましょう。話はそれからです」
「それは、おまえが起きればいいんだろ?」
「はい。ですが、ただ起きて追い出すだけでは、少し癪ですので」
ルドの姿が消える。次に姿が見えたのは、ボルケーノの前だった。
「お返しです『業火!』」
複数の火柱がボルケーノの足元から噴き上げる。ボルケーノが間一髪で横に飛び退く。その先には、剣を振りかざしたルドがいた。
「チッ!」
ボルケーノが左腕に付けている手甲で受け止める。そのまま右腕をルドの横腹めがけて殴り込む。が、その前に、ルドが一歩後ろに下がった。
『激流!』
『電撃!』
『噴岩!』
攻撃魔法の連続にボルケーノは逃げる。なぜか体の動きがいつもより鈍い。
ルドと距離を取ったボルケーノが、足元を見る。そこには、ドロリとした形のない、何かがへばりついていた。
「な、なんだ、これは!?」
ボルケーノが剥がそうとするが剥がれない。ルドは口角を上げた。
「嫉妬、憤怒、憎悪。様々な負の感情ですよ」
「なに!? おまえ、まさか!?」
「今まで、ずっとこの感情たちから目を逸らしてきました。ですが、こうした使い方も出来るなら、悪くないですね」
「まさか、心の中をコントロール出来るように? いや、人間がそのようなこと……待てよ。貴様、さっき我の思考を読みとったのか!?」
ルドが答えることなく右手を高くかがげる。
『氷牙!』
「なっ!?」
円形闘技場の上空を埋め尽くす氷山が宙に浮いている。
「人間は、神と悪魔の娯楽道具ではない!」
唖然と見上げているボルケーノに、ルドが右手首をクイッと下げる。迫りくる巨大な氷にボルケーノが初めて焦りの顔を見せた。
「クソッ!」
ボルケーノが姿を消す。展開の速さに、クリスは見ていることしかできなかった。
ルドがクリスに近づく。
「師匠も戻ったほうがいいですよ」
「あ、あぁ」
呆然としているクリスにルドが首を傾げる。
「どうかしましたか?」
「おまえ、本当に犬か?」
手際の良さと、先ほど見せた顔。いや、元々ルドは手際とか要領は良かった。ただ、負などの醜い感情を嫌っており、見ることも出すことも避けていた。
ルドが悪戯をした子どものように笑う。
「自分の気持ちから目を背けることは、やめました。すべて自分なのだと、昔師匠が教えてくれましたから」
「教えたか?」
「すべて、受け入れてくれるんでしょう?」
ルドがクリスの頬に触れる。それだけでクリスの脳裏に記憶が甦った。ルドの魔宝石を飲み込んだ時、ルドの心の中で言った。
ポンと顔が赤くなったクリスが、口をパクパクと動かす。しかし、声にはならない。
「ここは自分の心の中。いわば、自分はこの世界の主です。そんなところに、こんな無防備に入ってきたら、師匠の感情も記憶も全て見えてしまいますよ?」
「……まさか!? ぜ、全部見たのか!?」
クリスが頭を抱えて下がる。ルドは意地悪そうに微笑んだ。
「いえ。師匠が一番大切にしているところは、見ていません。ですが、長くいると……」
「出て行く!」
声とともにクリスの姿が消える。
「すぐに、会いましょう」
世界がクニャリと歪み砕け散った。
ルドの心の中~すべてを受け入れる~云々の話は
「ツンデレ治療師は軽やかに弟子に担がれる」の
80話「クリスによる新たな癒しの発見」
にあります




