それは、カリストの目的でした
カリストが給仕をする姿勢のまま、珍しく悩んでいた。
「さて、どこから話しましょうか……そういえば、クリス様はこの世界の神と悪魔が何度入れ替わったか、ご存知ですか?」
「……一度ではないのか?」
何かに気づいたオグウェノが、慌てて体を起こす。
「まさか、神と悪魔の交代劇は、幾度も繰り返されているのか!?」
「そのまさか、です」
満足そうに微笑むカリストをオグウェノが睨む。
「世界は何度作り変えられた?」
「片手では数えきれないほど……と、言ったところでしょうか」
「知らないのか?」
「正確には把握できておりませんので」
オグウェノが諦めたようにソファーに沈む。クリスが話を進めた。
「で、そのことと、おまえの一族がどう関わってくる?」
「私の一族は比較的古い……もしかしたら、神と悪魔の交代劇を、最初に受けた一族かもしれません」
「最初の〝神に棄てられた一族〟ということか?」
「その可能性もある、ということです」
「そんな一族がいるとは知らなかったな」
クリスがソファーの背に体を預ける。
「滅多に外に出ませんから」
「外? どこかに籠っているのか?」
「はい。神と悪魔に、私たち一族が生き残っていることを知られては困りますので、普段は隠れています」
「……どこにいるんだ?」
カリストが直立不動のまま、妖艶に微笑む。
「それは、また後程。私たちの一族は神と悪魔から存在を隠しながら、この交代劇について観測を続けてきました」
「観測?」
「はい。神と悪魔による交代劇の目的を知るため、です」
「それで、目的はわかったのか?」
カリストは黒い瞳を伏せ、静かに首を横に振った。
「予測ですので、ここで名言することは控えます」
「予測なのは分かりきったことだ。別に言ってもかまわないだろ」
オグウェノからの指摘にカリストが苦笑する。
「ここでは、他の耳がありますから」
「……そういうことか」
城内にいる影の護衛が聞き耳をたてている。状況を理解したオグウェノは、あっさりと下がった。
「そして長年の観測を終えた、私たちの一族は、次の段階に行動を移しました」
「次?」
「はい。神や悪魔が直接加護をしている人との接触です」
「直接加護?」
「はい。犬や……クリス様、あなたもです」
クリスの表情が凍る。
「どういうことだ?」
「犬については、クリス様が予測した通りです。ボルケーノが犬の全てを加護していました。ですから、治療系の神の加護がなく、治療魔法が使えませんでした。クリス様の場合は〝神に棄てられた一族〟ですので、治療系の神の加護はありません。ですが、その代わりに、全知という悪魔の加護があります」
「全知の悪魔の加護、だと?」
訝しむクリスにカリストが淡々と説明をする。
「以前、エマが生贄にされかけ、悪魔が召喚された時のことは覚えていますか? あの時、悪魔は神の加護がないクリス様の体を、乗っ取れる状況でありました。ですが、それをしなかった。何故だと思います?」
「え?」
「全知の悪魔がクリス様を完全に加護していたので、入り込む余地がなかったから、です」
「どういう……ことだ? 私が悪魔の加護を受けている、と?」
混乱しているクリスに、カリストが安心させるように微笑む。
「あぁ、悪魔という単語は気にしないでください。悪魔も神も根幹は同じです。だた、呼び方を変えているだけですので。人々が神の加護を受けているのと同じことです」
「神も悪魔も根幹は同じ、だと?」
「はい。私たちから見れば神も悪魔も同じ種族です。ただ、アレらは勝手に、二手に分かれているだけですから」
理解したクリスがソファーの肘かけに寄りかかる。
「そんなモノに振り回されていたのか」
「はい。アレらは二手に別れ、どちらが表……つまり、どちらがこの世界の神になるか、を争っているだけです」
オグウェノがポツリとこぼす。
「それ、目的じゃないのか?」
「目的の一つ、ですね」
「他にも目的があるのか」
「はい」
カリストがクリスに話を戻す。
「クリス様は全知の悪魔の加護のおかげで、知識や魔法の理解がかなり早いです。その若さで賢者と呼ばれる域まで、魔法を極めておりますでしょ?」
クリスが無言のまま答えない。オグウェノが体を起こす。
「無詠唱魔法か」
「……気づいていたか」
クリスがオグウェノに視線を向ける。自分と同じ深緑の瞳がまっすぐ見つめてくる。
オグウェノが困ったように黒髪をかいた。
「無詠唱魔法。魔法は極めるほど詠唱文が短くなる。そして、究極まで極めれば、詠唱することなく魔法が使える、言われている。だが、実際にそこまで魔法を極めた者はおらず、絵空事として語り継がれていた。まあ、月姫の魔法は、時に詠唱がおまけのように感じることがあったからな。無詠唱魔法だったとしても不思議ではない」
「よく見ているな」
感心するクリスに、オグウェノが男前の笑みになる。
「惚れたか?」
クリスが目を丸くした後、吹き出すように笑った。
「面白い冗談だ」
そう言いながら笑い続けるクリスに、オグウェノの顔が曇る。
「そこまで笑わなくてもいいだろ」
「悪い。わかっているんだが、収まらなくて……」
先ほどまで命の危機にさらされていた反動か、いつも通りのオグウェノの態度にやっと緊張がほぐれた。
そんなクリスの心理状態を悟ったのか、カリストがミルクティーを差し出す。
「神からの完全加護を受けている人を探すのは大変ですが、悪魔の完全加護を受けている人は〝神に棄てられた一族〟に限られます。私は〝神に棄てられた一族〟に接触するため、世界に出てきました」
クリスがカリストと初めて出会った時のことを思い出す。
「あれは、世界中を旅している時で、私が十歳にもなっていなかった頃だったな……そういえば、おまえはあの頃から、あまり変わってないように見えるな」
「そうでしょうか?」
カリストの微笑みにクリスが諦める。この表情の時は、なにを聞いても答えをはぐらかされるのだ。
「……どうして、奴隷オークションに出ていたんだ?」
「奴隷だと同情されて近づきやすいと思いまして」
平然と話すカリストに、クリスがため息を吐く。
「あれが計算だったとは」
「その話は、また今度にしましょう。私は最初、あれだけの武功を上げているカイ様なら、悪魔からの完全加護を受けていると予測して近づきました。そして、その通りでした」
「完全加護を受けるのは、一人ではないのか!?」
クリスとオグウェノが驚く。
「はい。基礎能力が高い者が対象となるようで、複数います」
オグウェノが呟く。
「赤狼の中にいるヤツが、駒とか言っていたが、それが関係しているのか?」
「駒? 駒なら複数必要になるか。だが、何に使う駒だ?」
悩む二人を置いて、カリストは微笑んだまま話を続けた。
「私は、お二人の近くで観測を続けていました。しかし、特に新しい情報もなく、このまま使命を終えるのも良いかと考え、過ごすようになっていました」
「カリスト?」
「ですが、今回のことで大きく動きます」
カリストが自分の影に視線を向ける。
「こうして神の一人を捕獲することができました。これで、やっと実行することができます」
「なにをするんだ?」
「神と悪魔を、この世界から切り離します」
カリストの発言に、その場の空気が固まった。




