それは、万策尽きた状態でした
クリスは目的地に向かって、階段をひたすら駆け下りた。息も切れ切れに、王城の最下層にあるドアを全身で押し開ける。
「ムワイ!」
「な、なんですか!?」
前触れなく響いた怒鳴り声に、ムワイの肩がビクリと跳ねる。クリスは書類が山積みになっている机に突進した。
「髪! 犬の髪をくれ!」
「い、犬!? 犬の毛なんて、ここにはありませんよ!」
「その犬じゃなくて! ルドだ! ルドヴィクスの髪の毛だ!」
「えぇ!? あれは貴重な……ちょ、勝手に漁らな……あぁ!」
クリスは無理やり机の引き出しを開けると、小瓶に入った赤髪を見つけた。
「あと、藁はないか?」
「わ、わら? 藁は……その棚に、いろんな植物を集めて置いてあるから、そのどこかにあったような……」
「もらうぞ!」
「え?」
クリスが棚の扉を勢いよく開ける。そして、探すのは面倒と言わんばかりに、中に入っているものを全て床にバラまいた。さまざまな種子に乾燥した花、それ以外にも、棚に入っていたハサミやナイフ、ハンマーなどが散乱する。
「ちょっと、なにを……」
ムワイが抗議しようとしたが、その前にクリスは目についた藁と紐を掴んで叫んだ。
「藁と紐と、あとコレも借りていくぞ!」
「え? いや、それ? なにに使う……」
クリスは了承を得る前に、藁を持って部屋から飛び出した。
「なんだったんだ……」
残されたのは、もともと荒れていたのに、さらに荒らされた研究室だった。
クリスは走りながら、藁を紐で結び、人形を作った。形が出来たところで、魔宝石をネックレスから外す。そして、小瓶から出した赤髪と一緒に藁の中に埋め込んだ。
「よし!」
地上に出たクリスが窓枠に足をかける。
『疾風!』
風がクリスの体をふわりと持ちあげると、そのまま勢いよく地面すれすれを運んだ。深緑の瞳を細くして前だけを睨む。金髪が風で揺れ、月の光を弾く。
「湖の上を走れ! このまま、テラスまで……結界か!?」
庭を抜け、水しぶきを上げて湖を渡っていたクリスが止まる。目の前には、テラスを囲むように金色の網があった。侵入を防ぐための結界だが、古すぎて今の人々は知らない、忘れられた魔法である。
だが、クリスはこの魔法を本で読んだことがあった。結界を解くため、手をかざしながら綻びを探す。そして、見つけた一点に両手の掌を向けた。
『解錠』
パキン、と何かが砕ける音とともに金色の網の一部が消え、穴が開く。クリスはその穴を抜け、再び湖の上を滑った。
視線の先には、テラスの柱が軒並み折れ、残骸となった瓦礫の山がある。大理石の床はひび割れ、土が盛り上がり、無残な光景が広がる。
中央には土まみれの赤髪が立っているが、それ以外の人影はない。クリスは必死に目を凝らして、他の人影を探した。
「オグウェノ!」
クリスが叫びながら、下半身が湖に浸かって倒れているオグウェノに駆け寄る。
「生きているか!?」
「つき……ひ……にげろ、と……」
「話すな!」
クリスがオグウェノの全身に手をかざす。全身がボロボロで、まともなところを探すほうが難しい。
「くそっ!」
クリスは両手をかざして魔力を上げる。
『全身の骨組織の修復。血管組織、神経、筋、肺、肝ぞう……あぁ、もう面倒だ! 全ての組織の修復!』
「……最後、雑になってないか?」
オグウェノが咳込みながら立ち上がる。息をするたびに焼け付いていた胸は楽になり、全身を貫いていた痛みも軽くなった。吐き気と体のだるさはあるが、動けないほどではない。
オグウェノは周囲を見渡して焦った。
「イディ!? イディはどこだ!?」
「こいつのことか?」
ルドが足元の瓦礫の中に手を突っ込むと、そのまま無造作に引き上げた。
「……ぅ」
腕を掴まれたイディは、上半身だけが瓦礫の中から出てきた。微かに眉間にシワを寄せているが、意識があるのかも分からない。
「テメェ! イディを放せ!」
叫んだオグウェノの足元がふらつく。それをクリスが支えた。
「激しく動くな。応急処置をしただけだ。無理をすれば、すぐに動けなくなるぞ」
「だが!」
激しく怒るオグウェノの耳元でクリスが囁く。
「私がヤツの動きを止めるから、その隙にイディを引き離せ」
「……そんなことが出来るのか?」
「怒った顔をしていろ。変に勘ぐられても困る」
オグウェノはクリスの話に合わせて、すぐに舌打ちをしながら立ち上がった。
二人の会話が聞こえていなかったルドが、イディの体を持ちあげてニヤリを笑う。
「こいつを返してほしければ、女。おまえ一人で、ここに来い」
「なっ!?」
驚くオグウェノにクリスが小声で呟く。
「好都合だ」
「月姫?」
クリスはオグウェノを無視してルドに言った。
「そちらに行くから、イディを渡せ」
「こっちに来たらな」
クリスが無言で歩き出す。オグウェノは声を出しかけたが、黙って見守ることにした。クリスと少しずつ開いていく距離がもどかしい。拳を握りしめて、どうにか耐える。
クリスはルドの全身を観察しながら、ふと声を出した。
「ボルケーノ」
ルドの表情が微かに動く。
「書物には悪魔の名として記載されていた。しかし、その書物は前時代の、私たち一族が栄えていた時代の物だった。そのことを、すっかり失念していた」
「どういうことだ?」
オグウェノの質問にクリスが肩をすくめる。
「神と悪魔が入れ替わる前の書物に、悪魔として書かれていたんだ。つまり、その時の悪魔は、今の時代では神になっている」
「まさか!?」
「そう。ボルケーノは現在、遠い西の地で、火や鍛冶を司り、戦の勝利の神として祀られている。私としたことが、すっかり忘れていた」
ルドが嬉しそうに笑う。
「この地方では、あまり知られていないからな」
「おまえが犬の加護をしている神か?」
「あぁ」
「普通は一人の人間に対して、複数の神が加護をする。そのため、加護の比率によって使える魔法や、得意な魔法が変わる。治療系の神の加護が多ければ、治癒魔法が使えるし、戦の神の加護が多ければ、攻撃魔法が得意になる。そう考えると、犬が治療魔法を使えなかったのは、おまえ一人が加護をしていたから、だな?」
確信を込めた質問にルドが頷く。
「そうだ。こいつは千年に一人の逸材と言っても過言ではない。我々の駒となるべく、立派な戦士へと育つよう加護を与えてきた」
「駒とは、なんだ?」
クリスが二、三歩分の距離を置いて足を止める。ルドはニヤリと笑った。
「私を楽しませることができたら教えよう」
「では、まずイディを返せ」
「ふん」
ルドが興味なさそうに軽く腕を振る。それだけでイディの巨体が宙を舞った。
『風よ! ゆりかごとなり、受け止めよ!』
オグウェノの魔法がイディの体を包み込む。その間にルドが一歩踏み出し、クリスの前に来ていた。
「月姫!」
切羽詰まったオグウェノの声が響く。ルドがクリスの顎に手を添えて一人言のように呟いた。
「さて。どう遊ぶのが、ルドに一番響くか……」
「こういう遊びはどうだ?」
クリスが懐から藁人形を取り出し、ルドの胸に押し付けた。
『丑刻!』
胸の谷間に隠していた楔を取り出し、藁人形ごとルドに突き刺す。
一陣の風とともに、周囲に沈黙が落ちた。ルドは立ったまま変わりない。クリスも、ルドの胸に藁人形と楔を押し付けたままの姿勢で、固まっている。
「つ、月姫?」
オグウェノの呟きに、クリスが体を硬直させたまま叫んだ。
「犬の口に布を詰めろ!」
『火え……フグッ』
オグウェノが微かに開いていたルドの口に、服の切れ端を突っ込む。クリスが口角を上げてルドの顔を見上げた。
「動けないだろ?」
「ははせ!」
ルドが布を突っ込まれた口でモゴモゴと必死に何かを訴える。
「なにをしたんだ?」
オグウェノの質問にクリスが手を固定したまま答える。
「体の動きを止めた。この人形に楔が刺さっている間は動けない……はずなのだが、声が出せるとは思わなかった。やはり神が相手だと、完全には効かないようだ」
「これから、どうするんだ?」
「とりあえず、この人形と楔を固定したいのだが」
クリスが周囲を探す。その瞬間、ルドを中心に熱気が溢れ、クリスとオグウェノは飛ばされた。藁人形と楔はルドの胸に刺さったままだ。
ルドが重い腕を無理やり動かし、口の中に手を入れる。それから、忌々しそうに布を吐き出した。
「よくも……」
怒りに燃えた視線が二人を睨む。
「私への侮辱。劫火で焼き尽くしても許さん」
ルドの周囲から自然と炎が上がる。熱気が竜巻となり、足元の大理石を巻き上げる。
「楽に死ねると思うな」
怒号とともに周囲が消し炭になった。
完結まで下書きができたので、隔日投稿していきます(*- -)(*_ _)ペコリ




