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ツンデレ治療師は軽やかに弟子と踊る(タイトル詐欺)~周りは二人をくっつけたい~   作者:


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それは、痛いの痛いの飛んでけ、でした

 窓から入ってきた朝日でクリスは目が覚めた。寝ぼけ眼をこすりながら体を起こす。

 ふぁーと大きな欠伸をしていると、タイミングよくノックの音が響いた。


「はい」


「おはようございます」


 紅茶の匂いとともにカリストが部屋に入ってくる。クリスは目が半分しか開いていない状態のまま、笑顔で挨拶をした。


「おはようございます」


「今朝はケリーマ王国の花を使った紅茶にしました」


「いつもありがとうございます」


 礼を言いながらクリスが紅茶のカップを受け取る。紅茶はいつもより赤っぽく、甘酸っぱい匂いが広がる。


 クリスはゆっくりと紅茶を口につけた。匂いの通り、酸っぱさが刺激となり目が覚める。しかし、そこから蜂蜜の甘さが追いかけてくるので、意外と飲みやすい。


「美味しいです」


「それは良かったです」


 カリストは笑顔で懐から鼈甲の櫛を取り出すと、クリスの金髪を梳かし始めた。広がった金髪が大人しくなり茶髪へと変わる。


 髪を任せてクリスが味わいながら紅茶を飲んでいると、カリストが思い出したように言った。


「そういえば、この離れの庭には泉があるそうですよ? 行かれましたか?」


「そうなのですか? 知らなかったです」


「離れの裏側にあるそうですから、朝食前に散歩されては、どうでしょうか? この時間なら朝日が泉に照らされ、一見の価値があるそうです」


「それは見てみたいですね。行ってみます」


「あと、クリス様」


「はい」


 改めて名前を呼ばれ、クリスが振り返る。カリストはクリスの手にある空になったカップを取りながら微笑んだ。


「治療魔法を使えるようになりたいそうですね?」


 クリスの顔が赤くなり、恥ずかしそうに手をいじる。


「あ、そ、その……はい。使えたらいいなぁ、と思っています」


「では、とっておきの魔法をお教えしましょう」


「本当ですか!? 私でも使えますか!?」


 飛びつくクリスにカリストがニッコリと微笑む。


「はい。ただし、使う時はお気をつけください」


「なにに気をつけるのですか?」


「この魔法は想い人にしか効きません。他の人には効果がありませんから」


「想い人!? えっ? でも、そのっ……」


 クリスは顔を真っ赤にして、そわそわしたあと、神妙な顔になり頷いた。


「教えてください」


「わかりました」


 カリストはそっとクリスに耳打ちをした。




 ケリーマ王国の服に着替えたクリスが、カリストに教えてもらった庭を目指して歩く。

 建物の裏口から外に出て、道なりに歩いていくと、眩しい光が飛び込んできた。クリスが手で影を作り、目を凝らす。そこには太陽を反射して輝いている泉があった。


「きれい……」


 泉を囲むように白い大理石の柱が並び、その中央に円形のドーム型のテラスがある。泉と一体化した異国文化にクリスが見惚れていると、テラスの下に何かあることに気が付いた。


「あれは……」


 見知った赤髪が垂れ下がっている。


「ルドさん!?」


 クリスが慌てて走りだす。泉の周囲をグルリと周り、テラスでうつ伏せに倒れているルドに駆け寄る。


「ルドさん!? ルドさん!」


「う……つぅ……」


 ルドがゆっくりと体を起こす。どこか痛いのか、顔を歪ませ動きが緩慢だ。


「どこか、悪いのですか? あっ……」


 ルドの顔を見たクリスは声を詰まらせた。ルドの頬にはしっかりと青あざがあり、よく見れば体中、擦り傷や打撲のような痕がある。


「どうしたのですか!?」


「あ、いや、これは……」


 心配そうに覗き込んでくるクリスに、ルドは曖昧に笑った。


 あれから酔っぱらったオグウェノと殴り合いになり、最後は二人で泉に転げ落ちて、その時に体中を怪我した。なんて、恥ずかしすぎて言えない。


 ルドが二日酔いで痛む頭を抱えたまま、必死に言い訳を考える。そんなことなど知らないクリスは、そっとルドの頬に手を添えた。


「師匠?」


「痛い……ですよね……」


 苦しそうに見つめてくるクリスの方が痛そうである。

 ルドが大丈夫、と言おうとしたところで、クリスは意を決した顔になり、真剣な声で言った。


「痛いの、痛いの……飛んでけぇ」


 飛んでけ、の言葉に合わせ、クリスが添えていた手を空に向けて振り払う。


 二人の間に静寂が流れる。クリスは不安そうにルドを見上げた。


「あの……どうですか? 痛みは、飛んでいきましたか?」


 クリスがコテッと首を傾け、心配そうにルドの顔を覗き込む。


 こんなことで痛みが飛んでいくことはないし、今も全身が痛い。そんなこと分かっているし、知っている。

 でも、痛みが飛んでいったかもしれない、と無垢な目でクリスが見つめてくる。

 記憶を失う前のクリスからは絶対に考えられない行動と仕草。


 そのことを認識したルドは、じわじわと自分の顔が赤くなっていくのを感じた。気を抜けば、今にもだらしなくニヤけてしまう。


 (ダメだ! こんな顔を見せるわけにはいかない!)


 ルドは隠すように両手で顔をおおい、空を見上げた。それでも隠しきれていない耳は真っ赤になっているし、両手の下では口角が緩みっぱなしだ。


 (なんか、もう、いろいろと尊すぎる……)


 ルドは多すぎる情報量に全身が震えそうになるのをこらえながら、どうにか声を出した。


「あのっ、だ、大丈夫……です。ありがとう、ございます」


 普通に言いたかったのだが、声が少し震えた。そのことにクリスが気づいて余計に心配する。


「あの、本当に大丈夫ですか?」


 クリスがどうにかルドの顔を見ようとする。


「ちょ、ちょっと待ってください」


 ルドは片手でクリスを制しながら、背を向けると小声で魔法を詠唱した。


『皮下組織、皮膚組織の修復』


 ルドは顔をおおっていた手を外すと、必死に真顔を作りながら振り返った。


「ほら、もう大丈夫ですよ」


 青あざが消えたルドの顔を見て、クリスが安心した笑顔になる。ルドもどうにか平然と返せたことに安堵する。

 クリスはルドの青アザがあったところに手を伸ばした。


「よかったです」


 クリスの手がルドの頬に触れる。指先から伝わる温もり。本当に自分を心配していたからこその穏やかな笑み。

 そこで唐突にオグウェノの言葉が脳裏によみがえる。


『なら、すぐ見ろ! 今見ろ! で、どうなんだ!? 考えられるのか!?』


 視線を落とすと、風に揺られて煌めく茶色の髪が目に入った。長い睫毛の下から、まっすぐ見つめてくる深緑の瞳。筋が通った高すぎない鼻に、花弁のように可愛らしい唇。肌は象牙のように白く滑らかで、背後に白百合が咲き乱れ……


 (師匠はこんなに可愛らしいかったか!? いや、元々可愛らしかったが、今までとなにかが違う。それに急に胸が……動悸か!? いや、むしろこれは……もしかして……)


 ルドの顔は真っ赤になり口元を手でおおった。


「ルドさん……?」


 クリスが首を傾げる。そこに地面を這うような低い声が迫ってきた。


「つぅーきぃーひぃーめぇー」


「ひゃっ!?」


 足元からの声に驚いたクリスがルドに飛びつく。よく見ると、床を這っているボロボロのオグウェノがいた。


「ど、どうされたのですか?」


 クリスが膝をついてオグウェノに声をかける。オグウェノは苦しそうな声で訴えた。


「オ、オレにもさっきのをしてくれ……」


「え? 痛いの痛いの飛んでけ、をですか?」


「そう、それを……」


 必死に訴えるオグウェノに、ルドが冷めた琥珀の目とともに手をかざす。


『皮下組織、皮膚組織の修復』


 オグウェノの傷をあっさり治したルドが声をかける。


「治りましたよ」


 オグウェノが体を起こしてルドに掴みかかった。


「治すなよ! オレも月姫に痛いの痛いの飛んでけ、をしてもらいたかったのに!」


「させません」


「減るもんじゃないし、いいだろ!」


「なにかが減る気がするのでダメです」


 平然と断言するルドに、オグウェノが口を尖らせる。


「器が小さい男は嫌われるぞ」


「あなたに嫌われるなら、本望です」


「……お前、オレへの態度が冷たくなってないか?」


「気のせいです」


 二人が睨みあっているところにカリストが現れた。


「失礼します。朝食の準備ができましたよ」


 オグウェノの視線がキツくなる。だが、ルドはそのことに気づかず、空を見上げて太陽の位置から時間の確認をした。


「もう、そんな時間ですか。師匠は先に行ってください。自分は着替えてから行きますので」


 よく見ればルドの服は水と土でボロボロだ。クリスが納得したように頷く。


「では、先に食堂へ行っておきますね」


 ルドとクリスが歩き出す。その後について行こうとしたカリストにオグウェノが声をかけた。


「ちょっと、待て」


「どうかされましたか?」


 カリストが足を止める。つられてクリスとルドも足を止めて振り返った。


 二人にオグウェノが笑顔で手を振る。


「大したことないから、お前らは先に行っといてくれ」


 ルドは怪訝な顔をしながらも、クリスを誘って建物の中に入った。


 改めてオグウェノがカリストと向き合う。その雰囲気は先ほどまでの軽いものとは違い、王族の圧力を放っている。

 深緑の瞳が漆黒の瞳を睨んだ。


「カリスト、お前は何者だ?」


「おや、あなたが名前を呼ぶとは珍しいですね」


 どこか茶化したような答えに、オグウェノが眉間にシワを寄せる。


「誤魔化すな。月姫は知らないのかもしれないが、黒髪、黒瞳の人間はこの世界に存在しない。そして影を操る魔法も。これはシェットランド領にある情報からも確認済だ」


「……そうですか」


 オグウェノの指摘を、カリストは肯定するでも否定するでもなく、微笑みで答えた。

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