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08.伯爵令嬢は鋼の緋熊に連れ出される。

リューティアは、呆気に取られていた。 


 決死の思いで必死に走り、ようやく屋敷との境界である柵までやっとの思いで辿り着いた。

 けれど、難攻不落の様にそそり立つその柵は、リューティアの行く手を阻んだのだ。

 朝日が、昇る。タイムリミットだった。力尽きて柵から落ちたリューティアが、もう駄目だと思った時、不意に伸びて来た手によって落下は免れたのだが、男のセリフにリューティアの思考回路はぷっつり切れた。


 「──お前、リティだろ? 柵よじ登って何やってんの?」


***


 ──はい? えーと…。どちら様?


 リューティアの脳内は一瞬真っ白になる。リティと言うのは、確かにリューティアの愛称だった。

 が、全く覚えがない。こんな熊の様な大男、一度見たら忘れそうもないのだけれど。


 地面にへたり込んだリューティアに視線を合わせる様に、大男は柵越しにしゃがみ込んだ。

 鋭い銀色の眼はまるで野生の獣の様だが、にっと歯を覗かせて笑う顔は、屈託なく、人懐っこい大型犬の様でもあった。


 思わず呆けてしまったが、はっと我に返ったリューティアは、焦った様に後ろを振り返る。

 もう、侍女が食事を運んでくる時刻だ。

 この際男が誰でも構わなかった。なりふり構う余裕はない。

 リューティアは柵に縋りついた。


「お願い! 私、この屋敷から逃げたいの! 早くしないと追手に掴ってしまうわ! お願い、ここから連れ出して!」


 大男は、一瞬きょとんと眼を丸くした。

 が、直ぐに口の端を上げ、ニィ、と不敵に笑う。のっそりと立ち上がった男は、まるで鋼の壁の様に見えた。


「りょォ──」


 男の手が、柵に掛かった。

 リューティアの腰程もある、太い腕が筋肉のラインを浮かび上がらせ、グォっと盛り上がる。


「──かいッ!」


 男が吼える様に一声発すると、伯爵家を囲う頑強な柵がまるで飴細工の様にぐにゃりと歪み、バキンッと音を立てて砕けた。

 男の太い腕の下から差し込む光りを受け、バラバラと破片が地面へと落ちる。


 リューティアは、目の前で起こった事が信じられず、目を見開いて凍り付いた。

 

 ──ちょっと待って。それそんな風に砕けて良い物なの? この人本当に人間?


 ぽかっと口を開けたまま、砕ける柵を見つめ、へたり込んだリューティアの前に、ひしゃげた柵の間から男が大きな手を差し出した。


「お前の親父にゃ借りがある。王子サマじゃ無くて悪ィけど、お望みとありゃぁ守ってやんぜ、オヒメサマ。──選びな。俺と来るか、一人で行くか」


 男は、ふてぶてしい、挑戦的な笑みでリューティアを見下ろした。片方だけ上げた口元から、牙の様な糸切り歯が覗く。

 リューティアは、きゅっと顔を引き締めると、迷わず男の手を、ぐっと握った。


***


「きゃ───っきゃ───っきゃ───っ!」

「黙ってねぇと舌ァ噛むぜ?」


 リューティアは必死に男の首にしがみ付いていた。

 手を取るや否や、男はそのままリューティアを片手で抱き上げ、土煙を上げる勢いで駆け出したのだ。

 それも鈍重そうな見た目に反して無駄に早い。

 まるで軍馬だ。

 身体が上下に揺さぶられ、目がぐるぐると回ってしまう。

 この人本当に助ける気あるのか?

 傍から見たら、これきっと人攫いにしか見えないんじゃないだろうか。


 大騒ぎのリューティアに対し、男は速度を緩める事もなく、砂色のマントを棚引かせ、物凄い勢いで街の中を疾走した。景色が風の様に流れていく。容赦なく流れ込んでくる風で息が詰まる。


 ──早まったかも。

 リューティアが涙目でちょっぴり後悔し始めた時、男の声が顔のすぐ傍で聞こえた。


「街ィ抜けるぜ」


 きつく閉じていた目を開けると、ざぁっと景色が広がった。


「あ、こらッ!」


 門の入口に居た門兵が、突然暴れ馬か暴れ牛の様な勢いで突っ込んできた男に怯み、我に返ると慌てて追って来るのが見える。その間も男の足は止まらずに、街を囲む巨大な壁の下をくぐり抜けた。

リューティアはあんぐりと口を開け、その壁の天井を見上げる。

 まともに見たのは初めてだ。視線を前に戻すと、その先には、一面の草原が広がっていた。


「国境守護獣団【鋼の緋熊】のカイ=テラァスカルフだ! 野暮用だ、通して貰うぜ!」


 リューティアを抱えて居た男が、けらりと笑ってマントをバサリと跳ね上げる。その太い赤銅色の腕には、猛る熊を模したトライバルのタトゥーが刻まれていた。

 男の言葉を聞いた門兵は、はっとしたように足を止める。

 振り返ると、ルフタサリの屋敷は、もう遥か遠くになっていた。


「鋼の、緋熊…? ええええ、あなたカイなの!?」

「思い出したかよ、リティ」


 リューティアへと視線を向け、男──カイは尚も足を止めないまま、可笑しそうに笑った。

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