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05.伯爵令嬢は味方を得る。

 屋根裏部屋に幽閉されて一週間。

 朝にオートミールが一杯だけ。桶に水が一杯だけ。簡素なベッドは硬く、部屋から出る事も出来ない。

 リューティアは泣くのを止めた。泣いていても現状は変わらない。

 毎日の様に嫌がらせをしに来ていたシャーウラもリューティアが一切反応しなくなると、飽きた様に来なくなった。

 朝の食事が終わってからアーグウストの帰宅する夜までの間は、屋根裏部屋には誰も上がっては来ない。

 脱出する時間はたっぷりとあった。


 窓から外を覗いてみると、下は僅かなでっぱりだけで逃げ出すのは難しい。上を見上げれば何とか屋根へと上がれそうだった。


「ちょっと怖いけど…。やってみるか」


 リューティアはスカートをたくし上げ、窓枠に足を掛けた。

 下の様子を見ると、人影はない。リューティアは窓枠にしっかりとしがみ付き、下のでっぱりへと足を下ろした。

 ソロソロと足を移動させ、窓枠に掴ったまま横へと移動をし、屋根裏の窓の上の小さな屋根に手を掛ける。そこからもう一度窓枠へと足を掛け、窓の上の屋根へとよじ登った。

 途中手が滑り、肝を冷やしたが、何とか屋根の上に上がる事に成功すると、そのまま屋根を伝い屋敷の一番てっぺんまでよじ登る。

 身体が安定すると、ほっと息を付き、周囲に視線を向ける。ふわりと風が吹き抜けて、リューティアは広がる景色に目を輝かせた。


「わぁ…。凄い!」


 屋敷を取り囲む様に広がる森。その向こうには街が見える。高台に立てられた屋敷からは、遠くの山まで一望出来た。

 ここ数日の押し込められた生活から一変、解放感にリューティアは大きく息を吸い込んだ。


「気持ち良い…」


 両親の死後、やっとリューティアの顔に笑みが浮かぶ。負けてなんて、やるもんか。

 リューティアは小さくぐっと拳を握りこむと、降りれそうな場所を探し始めた。


***


「っはぁっ、はぁ、はぁっ」


 すっかり体力の落ちてしまったリューティアが、屋根裏部屋に戻ったのは、夕刻を回った頃だった。


「危ない、あいつが帰って来る前に戻れたわ…」


 行きはよいよい帰りは怖い。

 屋根裏から屋根に移動し、そこから樹を伝い下へと降りる。ここまでは上手く行ったのだが、問題は帰りだった。

 木登りなんてした事が無い。思いの外難しかった。

 格闘する事数時間、何とか樹に登り、屋根に上がる頃には息絶え絶えになっていた。

 そこから更にじたばたする事数時間、部屋に戻った時には夕刻になっていた。


 けれどもそれも最初の内だけで、数日が経過する頃には要領を掴み、ひょいひょいと移動できるようになると、リューティアは行動範囲を少しずつ広げ、屋敷の裏の小屋へと向かった。

 そこは昔庭師が使っていた場所だ。

 少々変わり者だった年老いた庭師は、屋敷の中は綺麗すぎて落ち着かないと、この小さな小屋に隠れる様に住んでいた。

 木立に囲まれたその場所は、恐らくアーグウスト達は知らないだろう。

 リューティアはまず、脱走したらここに逃げ込む事を考えていた。

 居なくなったことがバレたら、きっとここもすぐに見つかってしまうだろうが、バレさえしなければ気づかれる事は無いだろう。


 幼い頃、何度か遊びに行ったことがあるだけで、判りにくい場所だったが、意外と場所を覚えていた。

 木立を抜けると、まるで隠されるように建てられた小さな小屋は幼い頃見た時のまま、静かにそこに佇んでいる。


「あった…!」


 リューティアは小屋へと駆け寄ると、そっと扉を押してみる。ギィ、と音を立て、小屋の戸が開いた。

 少し埃っぽくはなっていたが、半月ほど前まで、庭師が使っていたのだろう。思っていたよりも綺麗だ。

 小屋の中には、小さなベッドも棚も残ったままだ。


「屋根裏よりもずっと快適ね」


 リューティアは当面この場所を隠れ家とすることを決めたのだった。


***


 リューティアが、その異変に気付いたのは、数日が経過した頃だった。


 リューティアは雨の日やアーグウストが休みの日を除き、早朝侍女が食事を運んできた後、アーグウストが馬車で屋敷を出ていくのを確認してから、こっそり屋根裏を抜け出して小屋へと通うのが日課になっていた。

 いつもの様に小屋にやってきたリューティアは、テーブルの上に何かが乗っているのに気が付いた。リューティアは目を見張る。

 それは、あの日シャーウラに投げ捨てられた黒曜石のペンダントだった。母の形見でもあり、この屋敷に代々伝わってきた黒曜石のペンダント。

 

「うそ…。なんでこれが?」


 リューティアはテーブルに駆け寄ってペンダントを手に取った。ペンダントは汚れを綺麗に落とされて、綺麗な状態だ。


 ──ここに来ているのがバレたのかしら。


 不安に駆られ、周囲を見渡してみる。誰かが居る気配は無かった。

 まるでリューティアが来ることを見越して、届けてくれたかの様に置かれたペンダント。だれが何のつもりで置いて行ったのだろう。

 嫌がらせとは思えないし、シャーウラの罠かとも思ったが、あの子がそこまで頭が回るわけがない。

 バレていたのだとしたら、アーグウストが何も言って来ないのもおかしい。


 今までが今までだから、警戒心が勝ってしまい素直に喜べないが、もしかしたら。ひょっとしたら。


 だれか、味方が居るのかもしれない。


「ふふっ。まるで、妖精さんね」


 リューティアは、ペンダントを首に掛け、服の中に見えない様にしまいこんだ。

 期待してはいけないと思いつつも、リューティアは喜びが隠せない。

 ひょっとしたら、声を掛けてくれるだろうか。名乗り出てくれるだろうか。

 リューティアは期待に胸を膨らませた。


***


「──あの…」

「早く召し上がっていただけませんか」

「──はい、すみません…」


「…あの…」

「話しかけないで下さい」


 早朝。食事を運んできた侍女と下男にそっと期待を込めて声を掛けてみたが、結果は『いつも通りのそっけなさ』だった。

 二人とも目を合わせる事も無く、用事が済むとすぐに部屋を出て行ってしまう。


 うーん。はずれ、かな。


 どうやらこの二人では無い気がする。


 夜、アーグウストの機嫌が悪いらしく、執事が呼びに来る。

 最初の日を除き、執事の方は部屋に入る前にノックをする様になってはいたが、態度の方は相変わらずだ。会話が出来るだけまだましかもしれないが、その視線は恨まれてるのかと思うほどに冷たい。


「あの…」

「なんでしょうか」

「ぁー…えーと…。今って使用人は、何人いるんでしょう?」

「あなたが知る必要はありません」


 とりつく島も無い。

 これもはずれな気がする。


 アーグウストの部屋に向かう途中、シャーウラに出くわしたが、シャーウラは相変わらず意地悪い笑みを浮かべ、『今日はどんな折檻かしらね? いっそ死んでしまえばいいのに』と嘲笑って来る。

 この子じゃないのは確かだろう。


 開けっ放しの扉の奥に居たアーグウストの妻、フリティラリアは長椅子に座り、身体を崩して本を読んでいる。リューティアへちらりと視線を向けて来たが、興味無さげにすぐに視線を本へと戻した。

 この人が庭に落ちたペンダントをあんな場所まで届けに来るだろうか。

 絶対にしない気がする。


 そして、呼び出したアーグウスト。部屋に入るなり、いきなり引きずり倒された。


「この役立たずめ! 見ろこれを! また断りの手紙だ! 伯爵家の娘だと言うのにどいつもこいつも見もしないうちに断りの手紙をよこして来る!」


 投げつけられた手紙の差出人は上位貴族ばかりだ。それは流石に無理だろう。

 数度殴られたが、意識を切り離す様に逃がすと、然程痛くない事に気づいたリューティアは嵐が過ぎ去るのをじっと耐えた。

 この男は論外だ。


 結局名乗り出る者も、それらしい態度の者も無く、リューティアは屋根裏部屋へと戻された。


「っはぁ…」


 幾ら痛みを逃がしても、痛いものは痛い。

 全身がずきずきする。


 リューティアはそっと胸元のペンダントを服の下から引っ張り出した。

 触れればひやりと冷たく、つるりと滑らかだ。結局、誰が何の為にしたのかは、判らず仕舞いだった。


「──それでも、嬉しい。味方が居るのかもしれないもの」


 それだけで、頑張れる。

 リューティアはそっとペンダントに口づけた。

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