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04.伯爵令嬢は脱走を企てる。

 あの男は、悪魔なのか、疫病神なのか。

 今までの幸せな生活は、何て脆く儚いものだったのだろう。

 小さな木箱が2つあるだけの埃っぽい屋根裏に閉じ込められ、長年仕えてくれていた使用人達は皆この屋敷を追い出されてしまった。

 もう、この屋敷の中には、味方は一人もいない。

 リューティアはすっかり途方に暮れていた。


***


 ガリャリと鍵を開ける音に、リューティアは目を覚ました。

 いつの間にか、泣き疲れて眠ってしまっていたらしい。

 硬い床で眠っていたため、体中が痛む。身体はすっかり冷え切ってしまっていた。

 のろりと体を起こすと当時に扉が開き、あの黒髪黒眼の執事が立っていた。

 執事はリューティアを一瞥すると、扉の向こうに視線を送る。


 なんだろう?

 リューティアが首を傾げると、幾つかの木の板を抱えた男が入ってきた。

 薄茶の髪に緑の眼。鼻の周りにはそばかすがある。こっちもまだ若い男だった。


 男は無言で部屋の隅へと移動すると、黙々と木材を組み立て始める。

 どうやらベッドを作ってくれているらしかった。


「あの…ありがとう」


 意外な程、自然に口からその言葉が出た。

 散々嫌な思いをしたリューティアには、些細な優しさが涙が出る程に嬉しい。


 だが、帰ってきたのは酷くそっけない冷たい声音。男はリューティアの方をちらとも見ずに答えた。


「…死なれては困るだけです。それと、話しかけないで下さい。俺がご主人様に叱られます」

「──…っ」


 リューティアはぐっと言葉を詰まらせた。

 好意かと思ったが、そういうわけではないらしい。

 前よりも空気が冷えた気がする。

 リューティアは何も言えなくなって俯いた。コンコンとベッドを組み立てる木槌の音だけが響く。

 出来上がったベッドは、酷く粗末なものだった。

 それでも無いよりかはいくらかマシなのは確かだ。


 ベッドを作り終えると、男は挨拶も無しにさっさと扉から出ていく。執事も続いて部屋を出ていく。


「あ、待って!」


 慌てて引き留めると、執事がピタリと足を止め、視線を向けて来る。リューティアは行かれては敵わないと早口で伝えた。


「あの、食事は…。私、お昼から何も食べていないの」

「お食事は明日の朝、侍女に運ばせます」

「──え?」

「お食事は朝一度。身体を拭く水もその時にお持ちします。洗濯はご自分でなさってください。では」


 ──パタン。


 呆気に取られている間に、扉は無常に閉まってしまった。ガチャリと鍵の掛かる音がする。


 ああ、こんなことなら、食欲がないなんて我儘を言わず、ちゃんと食べておけば良かった。

 後悔先に立たず。ぐぅ、と鳴るお腹を押さえ、リューティアはとぼとぼとベッドに移った。

 硬いベッドに横たわり、目を閉じる。


 酷く惨めだった。両親が亡くなってから、ずっと泣いてばかりだ。いい加減枯れても可笑しくないのに、涙はまだ尽きていないらしい。

 リューティアは悲しくて、悔しくて、寂しくて、色々な思いが胸の中を渦巻いて、声を殺して泣いた。


***


 翌朝、執事の話どおり、早朝に部屋の鍵の音の開く音で目が覚めた。

 入ってきたのは、侍女の服に身を包んだ女と、昨日ベッドを組み立てていた男だった。恐らく彼は下男なのだろう。

 侍女はリューティアを一瞥すると、無言で部屋の中にトレイを持って入り、木箱の上にトレイを置いた。

 トレイの上には、ふやかしたオートミールが皿に入れられている。水差しに入った水とグラスが1つ。スプーンが1つ。それだけだった。


「あの…これだけ?」

「そうですが」

「せめて蜂蜜とか…。ミルクと砂糖は無いの?」


 流石に湯でふやかしただけのオートミールは、食べれたものじゃない。おろ、っとしつつ、遠慮がちに問うと、侍女はちらりと視線を向けて来た。


「文句があるなら食べなくても構わないわ」

「──頂きます」


 リューティアは、もう一つの木箱を椅子代わりにして腰を下ろし、オートミールを口に運んだ。芯が残っていて大分硬い。しかも味が無い。けれど、これを食べなければ、明日の朝まで食事は無しだ。

 リューティアは息を止めてガリガリとオートミールを咀嚼した。本能的なものだろうか。それとも硬さのせいだろうか。時間を掛けて咀嚼する。

 リューティアが食事をする間に、もう一人の男は、部屋の中に水の入った桶を運び込み、今朝も何も言わずにとっとと出ていく。


「あの」

「何?」

「…ええと、あなた、お名前は?」

「ありません」

「──は?」

「早く食事済ませて貰えませんか?」

「あ、ごめんなさい。えっと、それじゃ、なんて呼べば?」

「必要ありません。話す事なんて無いですから」


 …あ、そうですか。


 リューティアは、それ以上は何も言わず、硬いオートミールを食べ終えた。

 こんなに食事がきつかったのは初めてだ。げっそりしつつスプーンを置くと侍女はさっさとトレイを持って出て行った。


***


 一週間も経つと、段々状況が見えて来る。

 リューティアはただ大人しく泣いているだけの娘では無かった。

 泣いても落ち込んでも現状は変わらない。

 それならば、この劣悪な環境を何とかしなくては。


 早朝に侍女と下男が食事と水を持ってやってくる。日中はシャーウラが嫌がらせに来るだけだ。夜はアーグウストが帰宅し、機嫌が悪いと呼びつけられ、殴る蹴るを受ける。


 リューティアは手始めにシャーウラに対抗することにした。

 どの道、この屋敷のものは何一つ自分の手元には戻らないのだと腹を括り、『それがどうかした?』という態度を徹底したのだ。

 じっとシャーウラの眼を白けた目で見つめ、何を言われても『そうね』と答えるだけ。

 殴ろうとすれば、『殴るの?』と問うだけ。


 何をしても反応を返さないリューティアに、シャーウラはつまらなそうな顔をすると、やがて飽きたのか屋根裏に上がってくることは無くなった。

 これで早朝と夜の二回をやり過ごせば、屋根裏には誰も来ない。


 このまま脱走し、逃げ出してしまう事も考えたが、父と母と過ごしたこの屋敷を捨てる事は嫌だった。

 いつか、何とかして屋敷を取り戻したい。大好きな使用人を呼び戻したい。


 それにはこんな所に幽閉されていては何も出来ないのだ。どちらにしても脱走はしなくては。

 リューティアは窓枠から外を覗きこんだ。窓枠の下は、十センチ程度の僅かなでっぱりしかない。上を見上げると、窓枠に立てば屋根の上に移れそうだった。


「ちょっと怖いけど…。やってみるか」


 リューティアはスカートをたくし上げ、窓枠に足を掛けた。

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