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18.伯爵令嬢は苛まれる。

 次の街へと向かうには、必然的にユピアの村を抜ける事になる。

 リューティアの記憶の中には、馬車の中から見えたみずみずしい果実をたわわに実らせた果樹園と、作業に勤しみながら明るく手を振ってくれる農民の笑顔。

 「甘い果実は如何ですか」と村人が馬車越しに果実を差し出してくれることもあった。

 子供が駆けまわり、馬車が行きかい、村の中央では小さな市が立つこともあった。

 幸せそうな領民の姿が誇らしかった。

 小さいけれど、明るく活気のある村だった。

 この村に遊びに来るのは、いつも楽しみだった。


 けれど──。


 リューティアの目の前に広がるのは、朽ちて崩れた打ち捨てられた村の成れの果て、だった。

 ぽつり、ぽつりと崩れた民家の隅に座り込むボロを纏った老人の姿さえ、時を止めてしまったかの様だった。


 カイとリューティアが道を進むと、一度顔を上げはするが、直ぐに興味を無くした様に視線は地面へと落ちる。

 向けられる視線は、どんよりと濁り、生きることを諦めているかの様だった。


 気づかわし気にカイがリューティアへ視線を落とす。

 リューティアの顔からは血の気が引き、今にも倒れそうな程に青ざめていた。

 それでも、しっかりと顔を上げ、その風景を目に焼き付ける。


「昨年、干ばつに見舞われてたからな。あれで果樹園も駄目になったんだろう」


 暫く黙してリューティアを見下ろしていたカイが、視線を前に戻し、ぽつりと呟くように教えてくれる。

 確かに昨年は雨が少なかった気がする。けれど、自分の領地が干ばつに見舞われた事さえ、知らなかった。

 時折向けられる生気の無い目が、まるで責めている様に思えて、どくんと鼓動が音を立てる。

 罪の意識に胃がキリキリと痛んだ。

 いたたまれずに、逃げ出したくなる。あれ程好きだったこの村が、『何もしなかった』自分の罪の証の様で今はとても恐ろしかった。

 遠くに見えるルフタサリ家の別宅である屋敷さえ、視界に入れるのが怖い。

 今すぐにでも助けなければならない状況だというのに、リューティアにはその力が無い。

 今すぐに自分がルフタサリの娘だと大声で叫んでしまいたかった。

 いっそ罵られ、石を投げられる方が余程ましだと思った。

 けれど、それさえも自己満足に過ぎない。

 せめても、と持っていたパンを差し出そうとしたが、カイがそれを止めた。

 僅かなパンは、村人には行きわたらない。下手な争いを産むだけになる。


 ようやく村を抜けた時、一気に力が抜けてへたり込みそうになってしまった。

 膝から力が抜けてしまったリューティアを、カイがすっかり慣れた仕草で片腕で抱き上げる。

 今度はリューティアも抵抗する気にはなれなかった。今は寧ろ有り難いと思うのだから、随分と現金なものだ。

 カイの腕に揺られ、少しずつ遠のいていく村を眺めながら、リューティアはぽつりと呟いた。


「私…。ちゃんと、領地経営の事、学びたいな…」


 今のリューティアでは、何をどうすればこの状況を変えられるのかさえ分からない。

 領地をあの男から奪い返す術も、時を止めてしまった村を救う方法さえも。

 きちんと、領地経営を学んで、出来る限りの事をして、償いたい。

 ふと、思い出したようにリューティアは視線をカイへと落とす。


「ねぇ。ヒルトゥラは、確かアッテルベリ卿の領地だったわよね?」

「ああ」


 爵位で言えば、同じ伯爵でも辺境伯であるルフタサリの方が地位は上だ。

 交流があったわけでもないルフタサリ家の娘の話を聞いて貰えるかは微妙だが、村の状況を伝え、恥を忍んで頭を下げ、アッテルベリ卿に助力を仰ぐ事は出来ないだろうか。

 それくらいしか、出来ることが浮かばない。


「私、アッテルベリ様にお会いしたいわ」

「んー。屋敷までは行けるだろうけど、会えるかは微妙だぞ? お前、身元を証明できるもの何にもないだろ?」

「…それもそうね…」


 ああ、無力だ。

 リューティアはがっくりと肩を落とした。


***


 ユピアの村を抜け、二股に別れた街道を森の方へと進む。

 森を抜ければ、次の目的地、ヒルトゥラだ。

 日没まで後2時間足らず、ヒルトゥラに到着出来るのは明日の昼過ぎになるだろう。

 本来であればユピアで一泊し、ヒルトゥラへ向かう予定だったが、カイはあえて村で足を止めず、そのまま通過した。

 リューティアには、その気遣いが有り難かった。


 リューティアは進んで薪を拾い集め、木の実や食べられる野草を探し集めると、野宿のポイントにした沼の畔へと駆け戻る。

 既にあたりは大分薄暗くなっていた。


「──カイ?」


 カイは、木に手を掛けた姿勢のまま、じっと森の奥を見つめていた。その表情はいささか固い。

 ピリっとした緊張感に、リューティアの胸に不安がせり上がる。


「──カイ?」


 そろりとカイに近づき、もう一度声を掛けると、カイは視線をリューティアに向け、真顔でスっと唇に人差し指を立てて当てて見せた。


 『静かに』。


 その仕草に、リューティアは音を立てない様に集めた枝を下ろし、カイの隣へと移動すると、カイの見つめる先へと視線を向ける。


「…明り…?」


 森の中に、ポツ、と小さな明りが灯っているのが見えた。

 狩猟小屋だろうか。カイを見上げると、その表情は険しい。


「──女の声だ」

「…え?」


 カイの言葉にリューティアも耳を澄ましてみたが、何も聞こえては来ない。

 こてり、と首を傾けると、カイは思案顔で方眉を下げた。


「んー…」

「カイ、何が聞こえたの?」


 小声で問うと、カイはもう一度明りの方へと視線を向けた。


「──無礼者、って、怒鳴り声」

ご閲覧・ブクマ有難うございますー! 感謝感謝です! 

中々時間が取れずちょっと亀更新ですみません…;

明日明後日は少し連投するかもです。

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