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17.伯爵令嬢は現実を知る。

「リティ~」

「……」

「リューティアちゃーん」

「……」

「…いやさ? あの場合仕方無くね? 確かに迂回ルート行くって手もあったよ? お前が良いっつーなら追手も全部追っ払う自信もあったよ?」

「……」

「けどね? それしてみ? 迂回ルートだとキュオスティまで一本道よ? 追いつかれるっしょ? まぁ、一小隊くらい投入されても無双出来る自信あるけどもさ? 商団行きかう街道のど真ん中で貴族の私兵と遣りあってみ? 絶対騎士団押しかけて来るっしょ? それしたらお前、緋熊とキュオスティの全面戦争に発展しちゃうよ? まずいっしょ? な?」


 ガン無視しつつ前をずんずんと歩くリューティアの後ろを、大きな背を丸めてのそのそと付いて歩きつつ、カイはおろおろとリューティアに言い訳をしていた。まるで浮気がばれた亭主の様だと内心ぐんにょりとしながら。


 が、リューティアの方も、思わず怒りに任せ殴りつけ、ぷんぷんとしつつ歩いている間に頭がすっかり冷えていた。


 ──やっちゃった…。


 カイが言う通り、あの場合ああして貰わなければ自分は谷底に真っ逆さまだった。間違いなく死んでいただろう。

 そもそもこのルートを選んだのも、カイなりの気づかいなのは判っている。

 リューティアという足手まといが居なければ、カイ一人ならば、迂回ルートでも何の問題も無かった筈だ。

 なのに、幾ら怖かったからと言ってぐーぱんぶちかまし、更にはガン無視して歩き出してしまった手前、今更どんな顔をすれば良いのか分からない。

 顔を見なくても判る。きっと『めんどくせー』と思われている事くらいは。リューティアもリューティアで涙目だった。


 『私の方こそごめんなさい』『助けてくれてありがとう』


 言わなくちゃ。この可愛くない態度を止めなくちゃ。そう思うのに止めるタイミングを失って、どうしようが頭の中をぐるぐるする。


 ──でも、悪いのは私、なんだから。


 ピタっと足を止めると、少し距離を置いてカイもピタっと足を止める。

 まるで様子を伺いながらついて来る大型犬の様だ。そろぉっと様子を伺う気配が伝わってくる。


「…なんで、カイが謝るのよ」


 出た言葉はこれだ。リューティアは脳内で自分をぽかぽか殴る。


 ──違う──っ! こんな風に言いたいんじゃ無くて! ちゃんと! 謝らないと!

 そう、思うのに。


「──あー…。や、うん、悪かっ──」

「謝らないで!」


 あああああ。


 我ながら可愛げの無さ全開だ。これはもう呆れて置いて行かれても仕方がない。一体何をしているのか。

 ぱんぱんぱんっとリューティアは自分の頬を引っぱたき、くるっとカイに向きなおった。

 カイが小さく「うぉ」っと声を上げて身構える。リューティアは思わず、ぅっと眉間に皺をよせ、半ば睨み付ける様に視線を足元に落とした。


「カイはっ!」


 思わず大きな声になる。はっとなって、深呼吸をし、今度はゆっくり言葉を紡いだ。


「カイは、私を助けてくれた、だけだもん…。ちょっと、っていうか凄くびっくりして…。びっくりしすぎてつい…。怒ってごめんなさい。ぶったりしてごめんね…? 痛かったよね…」


 カイの答えは無い。やっぱり怒らせただろうか。呆れられただろうか。

 頼ってばかりの癖に、恩を仇で返すように殴ったりして。理不尽に怒ったりして。

 業突く張りの我儘な悪徳貴族令嬢そのものだ。情けなくて恥ずかしくて、逃げ出したくなる。


「…そ…その、ぶって良いわよ! 右でも左でもっ!」


 ぎゅっと瞑った瞼の裏に影が落ちる。ぽふっと大きな手が頭に置かれた。

 リューティアがそぉっと目を開けると、目を細め、優しく見下ろすカイと目が合った。


「お前はほんとそういうとこ、変わってねぇな」


 ぽんぽん、と頭を撫でられて、リューティアの顔にも、へにゃ、っと笑みが浮かんだ。


***


「──え…」


 木々が開け、眼下に見えた風景にリューティアは息を飲んだ。

 小さな、村が見えた。村の向こう側には、小さな湖。


 本来であれば、そこにあるのは美しい村だった筈だ。

 ルフタサリ領、ユピア村。小さな湖の畔にルフタサリ家の小さな別宅があり、幼い頃にリューティアも良く避暑に両親がに連れられて訪れていた場所だった。

 

 だが、見えた景色は、リューティアの記憶の中にある景色とはまるで別物の様な、冷たく寂れた風景。


 ──あの、可愛らしい村は、どこ…?


 本来ならば、山を映す小さいけれど美しい湖と、オレンジ色の屋根と白い壁が可愛らしい家が立ち並び、果樹園が広がる緑豊かなのどかな村が望めた筈だった。

 けれど、ここから見える景色は、見る影もない死んだような村。


 灰色にくすんだ壁。崩れた屋根。果樹園は人の手が加えられず、皆立ち枯れていた。

 湖さえも暗く死んだように見えてしまう。


「俺もこの場所を見た時は信じられなかったよ」


 ポツリと呟いたカイの声が、どこか遠くで聞こえている様に感じた。


「──ルフタサリはハルヴォニー随一の領土を誇っちゃいるけど、今や領地の多くは切り売りされて他の貴族の手に渡っちまってるそうだ。末端のこういった村の殆どが貧困に喘いでて、若いヤツの多くは年々上がる税が払えねぇってんで早々に村を捨てて別の地に移住した。残ってんのは年寄りばっかだ。盗賊に身をやつしてるなんて連中も少なくねぇ。目立った変化じゃねぇけど、じわりじわり、着実に蝕まれていってる、そんな感じだぁな」


「──え…」


 六年。たった六年の間に、彼らは一体どれだけ散財したというのか。

 ハルヴォニー国内でも美しい領土と豊かさを誇ったルフタサリ領の現状を付きつけられた様な気がした。

 こうして目の当たりにしなければ、きっと気づかなかっただろう。それ程信じがたい事だった。

 静かに眼下を見下ろすカイの横顔は、酷く冷めている。淡々と事実だけを告げる声。

 

 血の気が引いた。手足が震える。指先が、氷の様に冷えて行く。

 知らなかったでは許されない。


 変わってしまったのは、失ってしまったのは、自分だけでは無かった。

 ルフタサリは、辺境伯だ。その広大な領地には、数多くの民が居る。

 その領地管理も、父の亡き後あの男に渡ったはずだ。その管理は、今まで誰がやっていたのだろう。

 そんな当たり前の事を、何故目の当たりにするまで気づかなかったのか。

 朝家を出て夜まで帰らないあの男──アーグウストを、リューティアは仕事に出かけているのだと、当たり前の様に思っていた。

 ルフタサリ領は国内随一の領土を誇る。国境警備を司る言わば国家の要とも言える領土だった。

 それだけに領地経営は生易しいものではない。遊んでいて回せる様な地位でも領地ではないのだ。

 だから、当然領地経営の為忙しくしているのだろうと。


 けれど、あの男が真面目に働いたりなど、するだろうか。何故、その事に思い至らなかったのだろう。

 じわり、とリューティアの目に涙が浮かぶ。


 リューティアには何の力も無い。

 お金も、地位も、何もないただの小娘に過ぎない。

 領地経営に携われるだけの、知識も無い。


 ──だけど、無力を嘆くのは、もうやめると決めたんだ。

 リューティアは、真っすぐに村を見下ろした。


「──ごめんなさい。でも…。でも、きっと取り返すわ。あの男の好きになんて、させるものですか…!」


 今は、まだ暗闇の中で、何も見えないけれど。

 手探りでも、少しずつ、自分に出来る事を探して行くしかない。


 リューティアは、忘れてはならないと、しっかりとその光景を目に焼き付けた。

遅くなってすみません…!ご閲覧・ブクマ有難うございますー! 感謝感謝です!

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