13.きっと頭の中には筋肉が詰まってる。
「拳闘士…?」
リューティアは小さく首を傾げる。
「ああ。闘技場は腕に覚えのあるヤツが集まって、まぁ、その…なんだ」
カイは少し言いづらそうに視線を彷徨わせる。じーっと見つめるリューティアにカイは悪戯が見つかった子供の様な顔をすると、頬を指先でコリコリと掻いた。
「野蛮って思うかもしんねぇけど、まぁ…要するに殺し合い?」
「──は?」
余りにも現実味の無い言葉にリューティアは意味が理解できずにいた。
「え? 今、殺し合い、って言った?」
「あー、まぁ、簡単に言うとそんな感じ? つっても必ずどっちかくたばるってわけじゃねんだけど」
「ちょおぉぉおおおぉッ!?」
ぐぁっし!
思わずリューティアはカイの胸倉をつかんでしまった。
「殺し合いってカイぃぃぃぃっ!? あなたそんな危ない事…!」
意味を理解したリューティアは真っ青になると涙目でカイを見上げる。
カイは相変わらず悪戯が見つかった子供の様に口を尖らせた。
「心配いらねって。そんなに弱かねーよ」
「そーいう問題じゃなああぁぁい!」
「いや、俺は殺さねえから! ほんと!」
「殺されちゃったらどうするのよ!? 命がけなんておかしいでしょおぉぉぉっ!?」
「──だってそっちの方が金良いんだもん」
だもん。じゃない! 可愛くない! お金より命の方が大事でしょう! 馬鹿なの!?
涙目で口をぱくぱくさせるリューティアに、うぅーん、と1つ唸ってから、カイはふっと笑みを浮かべ、胸倉を掴むリューティアの手に大きな自分の手を重ねた。
暖かくゴツゴツとした手の感触にリューティアはドキリと鼓動が跳ねる。
慣れていないのだ。人に触れられる事に。
ふにゃ、と手から力が抜ける。
「リティは冒険者とかは知ってるだろ?」
「え? …ええ」
「冒険者も魔物だったりさ、獣だったりまぁ色々? アイツらも言うなれば殺し合いじゃん? ほら、相手が盗賊なんかの場合もあるだろ?」
「そ…それは、そう、だけど…」
「同じだって。まぁ、基本は貴族なんだけどさ。そういう連中の中には退屈してるヤツがわんさか居るわけよ。で、取るか取られるかって命のやり取りにスリルを覚えて大金を積むヤツが居て、そういう戦いに身を置きたい馬鹿が居て、金目当てに多少危険でも食いつく馬鹿が居る。俺もそういう馬鹿の一人ってわけだ」
「…理解、出来ないよ、そんなの…。死んじゃうかもしれないのよ…?」
「俺ァそういうギリギリの命の奪い合いじゃねぇと本気になれねぇのよ。頭ン中まで筋肉詰まってんだってよく言われる」
馬鹿だからな、と苦笑を浮かべ、カイはリューティアの頭を軽くぽふぽふと撫でた。
「試合見りゃ、心配要らねぇって判ると思うからさ。俺は死なねぇし殺さねぇ。約束すっから」
──ああ。本当に馬鹿だ。
命の奪い合いをする、なんて。
それを生業にしているだなんて。
幼い頃、"鋼の緋熊"の集落で、訓練をするのを見学した事がある。
それさえ手加減なく殴り合う様に血の気が引いて泣いてしまったというのに。
だけど、自分の事を何も聞かずに受け入れてくれて、連れ出してくれたカイの気持ちを真っ向から否定するのも何か違う気がする。もやもや、もやもや。
「──カイ、は、何で、拳闘士になったの?」
リューティアはカイの胸倉から手を解くと、膝を抱え、顔を埋めた。ぽそぽそと、訪ねてみる。少し責める口調になってしまっているかもしれない。
「──んー。何でだろうな。きっかけは、多分お前の親父さんだよ」
「──お父様?」
リューティアは意外に思った。リューティアの知る父は体も細くいつもおっとりと笑う穏やかな人だった。
その父が切っ掛けとは?
命がけの戦いに明け暮れるカイの関連性が全く見えない。
「ああ。二十年前、"鋼の緋熊"がルフタサリに忠誠を誓った時の事、知ってるか?」
「…うん、小さい頃に聞いた事だからうろ覚えだけど」
「俺も親父から聞かされた事なんだけどな」
小さく笑うと、カイはぽつぽつと話し始めた。
***
その日は、この地方では珍しい長雨が続いていた。
雨は止むことなく振り続け、それは山脈の麓に集落を構える"鋼の緋熊"を容赦なく襲った。
なだれ込んだ土石流の前に成すすべの無かった彼らの元にいち早く駆けつけたのは長くに渡り敵対をしてきたハルヴォニー王国辺境伯エルンスト=ルフタサリだった。
敵に塩を送る気かと追い返そうとした"鋼の緋熊"の当時頭領だったアイザークに、当時まだ若干二十歳の若造だったエルンストは残虐非道と恐れられる"鋼の緋熊"の頭領でさえも息を呑む剣幕で一喝をしたのだ。
「敵だの味方だの関係あるか! 目の前で消えようとしている命の前に貴族だの"鋼の緋熊"だの関係ない、退け!」
私兵を率い押しかけて来たエルンストは、唖然とする"鋼の緋熊"の住人をよそに自ら瓦礫を退かし、いつ崩れ落ちるとも知れない瓦礫の僅かな隙間へとその細い体を押し込めて、一人、二人と救出をしていった。
「あの時、赤ん坊だった俺はあの人に命を救われたんだよ」
カイは、懐かしむ様に目を細める。
二十年前と言えば、カイはまだ僅か一歳だった筈だ。
話に聞いただけだろうに、その表情は妙な感じを覚える。
不思議そうな顔をしてしまっていたのかもしれない。カイはリューティアに視線を落とすと、困ったように眉を下げた。
「俺の想像なんだろうけどさ。まだ1歳そこらの赤ん坊だったし、覚えてるはずがねぇんだけど…」
前置きをしたカイの眼は、妙に澄んでいてドキリとする。
まるで心の中まで見透かされそうな、心の奥まで貫かれそうな眼。 吸い寄せられて目が話せなくなる。
「暗闇の中、全身泥だらけで傷だらけで、すげぇ真剣な顔で俺を瓦礫から引っ張り出して、『もう大丈夫だ』つって抱きしめてくれた親父さんの顔を、俺は覚えてんだ」
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