prologue-かつての英雄
――私は弱かった。
――だから皆いなくなった。
闇が動いた。雲の切れ間から光が差す。今宵は満月らしい。
照らされて露になった影は、二本の細い足を大地に突っ張った人のような形をしていた。
影が動きだすと、光も別に動きだした。風が吹くと揺れるのは長い髪のようだ。
闇に紛れ判別できなくなった人影は何かを避けるように揺れながら歩む。月光に照らされて露になる周囲の影は、かつて生き物だった炭や肉片だった。人影はおそらく、それらを踏まないように注意していたのだろう。
辺りにはかつて住居だった瓦礫や街路を飾っていた植物がみられ、ここが街であったのだと推測できる。
――これまでわたしがしてきたことは、間違いだったのだろうか?
少し後、あの場所を見下ろす崖の上で少女の影が認められた。シルエットから推測するに、先に街で確認した人影と同一の個体であろうか。
雲は街に注ごうとする光を遮り、少女のみすぼらしい姿だけを月に照らさせていた。
薄布が幾重にも重なった装いから、少女は何か特別な役目のある者であったと覗える。鎖骨のあたりに光る石は何か宝玉か、力を持つ象徴か。
――わたしは強くありたかった。
――皆を失わないように。
少女は顔を上げる。
乱れた髪の隙間から、光る瞳がのぞいた。
その眼は何も映していない。あるいは過去を、見ていたのか。
――なぜわたしは、生かされたのか。
――皆を守れなかったわたしに、弱きわたしに、生きる意味など……。
少女は膝から頽れた。はたしてその衝撃によるのか、元から脆かったのか。
崖の端とともに、少女の姿は眼下の街の闇に呑まれていった。
浮かんだら続きを描きます。