死んだ僕の横たわる部屋に、誰かが
真っ暗なこの部屋には、死んだ僕しかいない。僕は死んでいるから、言葉など喋らない。すると、言葉は僕の死体から出てきたのだろうか。
僕の死体は、今日の昼の段階で、もはや顔をそむけたくなるようなありさまだった。柔らかな肉の風船みたいに膨張して、黒い紫色に変色していた。ところどころが飴みたいにとろけ出していて、床に接触する部分には大量の蛆虫がびっしりと取りつき、サワサワと活発に蠢いていた。
僕の腐乱死体が、死んだ僕に向って、君が悪いと諭したとすると、これはどういうことだろう。
僕は僕であった腐乱する物体とともに、縁側にいる。
僕は僕のことを思い出す。
幼稚園に入る前のこと。僕の祖母が死んだ日のこと。人が死ぬということを、そのとき僕は初めて現実に目の前にした。
そしていつか自分もこうなると知り、僕はそういう運命の自分を見つめた。鏡に映る自分の顔を、じっと見続けた、何度も自分の名前を呼んだ。呼んで呼んで、呼び続けた。すると変なことになった。
自分が自分でなくなった。
自分が自分から離脱するのを感じたのだ。ずっと考え続けていたら、身体から自分が抜け出てしまうような、意識を失うような感じ。このままいったら、どうなるんだろう?僕は恐怖を感じた。ぞっとして冷や汗をかき、僕はそういうことを考えるのを止めたのだった。人格が抜け出てしまうのだ。あのまま続けていたら、それは今の、「死んだ僕」状態につながったのではないか。
それはどういうことかというと、僕は僕でありながら、「僕を覗くだけ」の僕でしかなくなるということだ。
そうすれば、僕がいかに「不幸」であっても、それは僕の覗きの対象に過ぎなくなる。
自分の「不幸」というカタルシス(認識)は、遠い何かになってしまう。カタルシスの相対化、対象化。
僕は大変な受難をし戦っていたと思い込んでいた、しかし、その原因は僕にある、僕がそう感じたから、そうなっていただけなのだ、つまり「君が悪いのだ」、と僕の身体がいった通りなのだ。
死んだ僕は、はっ、とした。
縁側に面したアルミサッシ戸の向うに、誰かいる。夜の闇の中に、確かに人がいる。
ベランダにたたずんで、部屋の中の様子をうかがっている。ガラスに手をあてて、何か点検している。戸の鍵はちゃちなものだから、それなりの道具があれば、すぐに壊すことができるはずだ。
ガラス越しに、貝殻を潰すような音がした。
しばらくの間があった。ガラス戸が、音もなく、ゆっくりと引き開けられた。きわめて久しぶりの、外の空気が流れ込んでくる。冷たい夜の外気とともに、誰かが入ってくる。
「・・・・」
侵入者は、身体の全神経を集中させて、部屋の中の様子を凝視している。
光の筋がさっと走り、それが初めは控えめに、やがて部屋の中を乱舞した、僕の死体にも光が走る。ペンライト?
「ふぁあ」と、鋭く、声ともいえない声がした。それは、悲鳴をあげそうになり、慌ててそれに堪え、息を呑みこんだ音だった。次は沈黙になり、うう・・・・という、驚きとも嘆きともつかない、うめき声が漏れて尾をひいた。
死んだ僕は、その人物を観察しようとした。
つづく・・・