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縁側にて  作者: 新庄知慧
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僕が息をひきとってから

僕は、急性心不全で息をひきとった。


時刻は十一時十七分くらい。きっとその後、異常を嗅ぎつけた警察がドアチェーンを切って部屋に踏み込むのだと思う。

いまわのきわに起ったミステリーじみた出来事が、事実だったのか、アルコール漬けの、心不全による幻影だったのかどうかは今となってはわからない。なにせ僕はもう死んでいる。確かめようもない。


気がかりなのは母さんのことである。


僕は一人っ子で、親戚もあてにならない。誰か介護料を払ってあげないと、ヘルパーもあっという間に手をひいてしまう。誰にも面倒をみてもらえない。もう母さんも八十歳に近い・・・絶望?


いや、違う。死ぬ直前に、母さんは僕を励ましにきた。まだまだ元気。大丈夫。挫けない。奇跡なんかも起きるかも。だから僕も挫けない。死がなんだっていうんだ、ばか野郎。


・・・しかし、とにかく確かに僕は死んだ。死んでからまだ、その縁側にいた。


死んでしまうと、時の流れのことがわからなくなった。矢のように流れ去っていくのか、いつまでものろのろ留まっているのか、皆目わからない。


生命が消滅したら、あたりは真っ暗になって、闇のなかをさまよい、そのうち遠くに光の小さな点、それがやがて大きくなって、トンネルの出口のように明るく近づいてきて、出口の向うには、お花畑とか、広々した草原とか、美しい渓流とかが現われる・・・そこには、すでに死んだ人々・・・自分の父とか祖父・祖母、古い友人等々が、暖かく迎えてくれる・・・

と思っていた。しかし僕は依然として縁側から動かない。


僕の死体が、縁側に転がったままだからだろうか?


僕が死体になってから、もう随分と月日が流れたんじゃないだろうか。


縁側の窓の向うから、朝日が差し込み、太陽の暖かい日差しが部屋いっぱいに広がって、日が衰えて夕暮れのオレンジ色の光になり、薄暗くなり、真っ暗になり、また朝が来て、その日は曇りで、一日じゅう、どんよりした空気が部屋を満たす。あるいは雨。ざあざあいう音が、壊れたレコードプレーヤーから流れる音みたいに、ひねもす続いた日。いろいろな日々があって、随分と時間が流れていった。


その間、何度か部屋の電話が鳴った。ドアをノックしたり、チャイムが鳴る音もした。しかし誰もドアを強行にこじ開けたりしなかった。


僕の死体は硬直して冷たい肉の塊になり、やがて腐敗していった。死んだ僕はその腐乱してゆく肉体と同じ部屋の、縁側にいた。ずっといっしょにいたのだ。


警察が踏み込んでくるかと思ったのだが、いつまでたっても来なかった。警察でなくてもいいから、誰か踏み込んで発見しないと、僕の死体はいよいよ腐乱して、手のつけられないことになる。死んだ僕に嗅覚はないからわからないが、おそらくすでに、ひどい異臭が部屋に充満しているはずだ。部屋の外にも流れ出しているはずだ。迷惑で甚だ申し訳ない。マンションの住人は誰もそれに気づかないのか?


誰かに知らせに行きたかった。しかし僕は縁側から動けなかった。そういうものらしかった。


・・・・悪かったのは君だよ。


  ある晩のこと、不意にそういう声が聞えた。


つづく・・・




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