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縁側にて  作者: 新庄知慧
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理不尽、不条理

いったい、なんていう理不尽だ。不条理だ。いいがかりだ。怒っても怒りきれない。僕は力を振り絞り、首をまわして、背後から僕をねじあげ押さえつけている、とんでもない無礼を睨もうとした。しかし痛くて気を失いそうになった。それでも首をまわして、目を見開く。


そこには母がいた。

「しっかり!」

僕の顔をのぞきこんでいた。心配そうに、しかし励ますように。

「おまえはしっかりやったんだから。何も間違ってない」


たしかに、僕は組合ルートで入手した資料をマスコミに提出しようとしていた。その作戦をこの休みに練ろうとしていた。でも、まず妻のことがショックで後回しにしていた。


でも汚職摘発には違いないか。週刊誌などで、そういうことをしようとして、闇から闇へ葬られた政治家や会社員の記事を読んだことがある。ひょっとして、そんなことが起るのではないかという気もしないではなかった。でもまさかそんなことが。汚職現場資料、といったって、大したものじゃない。工事発注の経理伝票を更生処理してもみ消した一連の資料だ。たかが、あんなもので・・・


「でも、ほかの事実と組み合わさって、すごいパズルが解けてしまうこともある」

母の顔がそういっていた。僕は気が遠くなった。


「あんまり危ないことはやめてほしい。でも、正しいと思ったら、逃げられないこともある。あたしの子供だから。仕方ないこともある。 だったら、とことん進む。私はおまえを知っている。私はさいごまでおまえに味方する。だから、さいごまで、しっかりしなさい」


「ありがとう」

僕はうっすら笑ってしまうが、胸がいっぱいだ。

「そうだ。こんなホストクラブのホストが何だ。浮気した妻がなんだ。俺には俺のやることがあるんだ。くだらない連中や、くだらない状況は、みんなぶっとばしてやる」


「・・・というわけだ。言い寄ってきたのは、あんたの可愛い新妻で、むしろ私は被害者。それを嫉妬に狂って妻を殴り、大酒飲んで、心不全であなたは亡くなるというわけだ。まあ、いいさ。おとなしく証拠を出ていたとしても、結果は同じことだ。摘発の主体がいなくなってしまえば、同じことだ。でもねえ、ちゃんと証拠を出してくれれば、あるいは、結果に変化があったかもしれないんだがなあ」


・・・「刑事」がそんなことをいっていた。


僕は別に驚かなかった。何でもありの世の中なのだ。でも僕は白けたり挫けたりはしない。生身の人間だから、傷つけられれば、泣いたり叫んだり苦しんだりする。しかし、そこから後が違うんだ。挫けねえ。そういう人間は、世の中にたくさんいるんだ。


何笑ってるんだ、という声が聞こえた。


あの「刑事」が発したものらしい。そして、あとは何も聞こえなくなった。


それからしばらくして、僕は妻の雰囲気を感じた。縁側に横たわる僕のそばに、ひざまづいて様子をのぞいているようだった。僕は目を開けたのだけれど、妻は動かなかった。


「だまされたんじゃないのかなあ。いい男だったから。警察にも、あんなホストみたいな奴がいて、あんなことをやるのか」


僕はつぶやいた。床に、涙が落ちた。


別に僕は泣いてなんかいない。これはきっと、妻が落とした涙だ。いや、それはあんまり都合のよすぎる考えかな。でも、涙くらい落とすだろう。死ぬんだから。わりとすぐに感情がうごく女だから、涙くらい落とすだろう。でも、本当に悲しければ、むしろ涙なんかでないだろう。悲しみがわからないから、涙なんかがすぐに出るのだ。


すぐに涙がでて、すぐに忘れるだろう。


その午前中、縁側にて、僕は死んだ。享年三十二歳。


・・・・つづく





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