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縁側にて  作者: 新庄知慧
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捜査協力をお願いしますだと!?

「実は、捜査協力をお願いしたいのです」


刑事は慇懃に話し出した。僕はこいつが刑事だとはいまだに信じがたかった。通常、刑事は複数人で行動するのじゃないだろうか、あるいは事前に電話でアポをとるものではないだろうか。色々質問を投げかけたが、この「刑事」は、それぞれの質問に対して、一応もっともらしい返事をして確認してきた。


「おわかりいただけましたか」

「よくわからない。それより、私の妻を知らないか」

「あなたの奥さん?」

「あなた、しらばっくれてもらっちゃ困る。いくら相手が警察だからって、びびったりしないからな。最近じゃあ何が起こってもおかしくない世の中だ。警察官が買春なんて、ニュースでよくお目にかかるからな。不倫くらいあるだろうさ」

「何のことです?」

「僕の奥さんとホテルに泊まったろう!」


「刑事」は、その整った顔立ちできょとんとした表情をした。首を傾げ、困りましたねえ、というような薄ら笑いを浮べた。それがまた、何とも疑わしく、無礼な、不愉快な顔だった。僕はますます語気を強めた。


「そのせいで、僕の妻は家出したんだ。面白いか?この野郎。しかし、人間として最低の行為だ。僕は新婚なんだ。あんた、どれだけひどいことをしたか理解しろよ、人間なんだから。おまけに、あんた、刑事なら、なおさらだ」

「家出。しかし、あなたも、奥様に暴力をふるわれたとか・・・」

「!」


ホラ、知ってるじゃないか、妻の家出のことを。しかも、何をいいだすんだ。僕の怒りも極に達した。その顔を見て、「刑事」がとりなすようにいった。


「まあ、奥様の言い分ですからね。だんな様にも、言い分はおありでしょうから」


ニヤニヤ笑っている。ハンサムだ確かに。

しかし、いや、それだけに、人を小馬鹿にしている。あるいは悪意はないのかもしれないと思いたかったが、とても無理だった。これほど人を立腹させる表情は見たことない。


「わかったぞ」

僕はピーンときた。


「何がです?」

何がですもないもんだ。あの、ホテルで妻と二人で撮った記念写真を奪いにきたのだ、こいつは。


「いいえ。何でもないです」


こちらも不快な表情をやり返してやった。

そうだ、あの写真さえ持っていれば、こいつを訴えることができる。あれは重要な証拠物件だ。絶対に渡してはならない。あれがあれば戦える。ここは、ひとつ焦らずに、相手のペースにはまったふりをして、いうことを聞いてやろう。


「で、何の捜査です?」


急に協力の姿勢を示したら、相手はペースを狂わしたように、眉を変に動かした。


「はあ」

「何の捜査です」

「はあ。その」

「・・・」


ほら、困りだした。不倫の現場写真の捜索ですとはいえないだろう。


「まず。その、誤解が解けてからですね。あなた、なぜ、私が奥様の不倫相手と思われたのですか?」

目を不敵に光らせて「刑事」は聞いてくる。開きなおったのか。僕も開きなおった。


「なぜ?妻から相手の特徴を聞いていたからね」

「それだけで私を、そう断定した?」

「いや、ずいぶん酒も飲んでいたからね」

「酒。確かに、においますね。しかし、酒のせいにされちゃあ・・・」

「そうですか。失礼でしたか。うん。勘違いだ。それじゃあ、謝りますよ。勘違いでした、ごめんなさい。で?捜査協力とはいったい何の協力ですか」


「・・・」


「刑事」は何か考えていた。いやらしい戦術を練っていたのだろう。

さっき、あんなに感情的になったのはまずかったと僕は思った。僕が証拠写真を見ているということを相手にわからせてしまったようなものだ。写真を見て知っていなければ、あんなに断定的に怒るものではない。「刑事」は、そう思っていたのだろう。


「ひょっとして、僕の妻に対する暴力の事情聴取ですか」

「いえ・・・。その件は別に担当がいます」

「じゃあ一体何の捜査なんですか」

僕の質問に対して、一瞬の間をおいて、「刑事」はつとめてさりげなくいった。

「このことは誰にもいわないでほしいんですが」

「・・・」

「いいですね。誰にも・・・」

僕はうなずいた。


「山手駅で飛び込み自殺があったんですが」


「ああ。知ってるテレビでみました」

「そうですか!じゃあ話は早い。まだ死んではいないんですが。飛び込んだ男はあなたにそっくりな方です」

「ええ。そっくりですね。妻に逃げられたというところまでそっくりだ。僕もびっくりしましたよ」

「警察では殺人未遂とみています」


「え?」


「詳しい話は省略しますが、他殺の線が濃厚です」

「・・・」


他殺?すると僕と間違って誰かが殺されかかった?僕の顔はそんな疑問を浮べた表情だったろう。「刑事」はその疑問には答えず、続けた。


「失礼ですが、あなたは会社で組合の委員長をされていますね」

「え?ええ。しかし、それが何か」

「組合で、会社幹部のことを摘発しようとしていますね」


「・・・」


「どうなんです」

「摘発?それほど勇ましくありません。いわゆる「天下り」の反対運動で。歴代の委員長が、代々ずっとやってきたことです」

「そうですか。私らの組織も似たようなことはありますがね。警察の偉いさんはキャリアです。でもねえ。そういう仕組みなんですから。そんなことにたてつくのは、どうなんでしょう・・・」


何をいってるんだ。関係ない。ホスト刑事が偉そうなこというな。僕は立腹して叫びそうになった。仕組みが悪ければ変えるべきだ。それが税金の無駄使いなら。世論はそうなってるじゃないか。


僕の顔色がかすかに変わったのをみて、「刑事」は無表情に見つめた。そして、いった。


「委員長。汚職の証拠を握ってるでしょう」

彼は靴を脱ぎ、玄関口から上がり込んだ。僕はだじろいだ。


「何ですか。勝手に上がり込むな」

「警察を呼びますか?でも私が警察ですよ」

「勝手に上がり込むなといってるじゃないか」


僕の制止に構わず「刑事」僕の目の前に迫り、僕の体を押すように歩をすすめてくる。気押されて、だらしないことに僕は後ずさった。


「捜査礼状はとってあるんです。あなたの身を守るためです。証拠写真があるでしょう。役員の汚職現場の。ご存じのはずです。あなたにそっくりの男が、山手駅で自殺にみせかけて殺害されそうになったのは、その写真のせいです。さあ、はやく、だしなさい」


「証拠写真?」


「どこにしまってありますか?」

「浮気現場の証拠写真か?」

「何をおっしゃってるんですか。まだそんなことを」


肩をそびやかして「刑事」は笑った。これ以上はない憎たらしい笑顔だった。

僕は切れた。


「出て行け!」

刑事を突き飛ばそうとした。


しかし「刑事」は軽く身をかわし、逆に素早く僕の腕をつかんで、逆さ手にねじあげた。


「公務執行妨害」

冷たくいい、僕の腕をさらに強くねじあげた。激痛がはしった。床に膝をつき、前のめりに倒れ込んだ。「刑事」はなおも力をこめ、僕を押さえつけた。


殺す気か?こいつ・・・


一瞬、恐怖が走ったが、すぐに怒りが火を噴いた。

「離せ。暴力野郎」


つづく・・・・



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