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あなたの小説、助けます! ~君が失くした物語~  作者: Glyph|↵
#1:乾燥かりい先生「ぶんぶっ!」
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08話 アイと綾乃のはつしごと

 綾乃は出入り口から見上げる。小さな世界に入るための大掛かりな丸い装置。研修ビデオで一応外観は見ていたけれど、こんなもので作品の世界に飛んでいけるなんて、それこそおとぎ話のようで実感がない。平面に映された映像越しに見るのと、両目で肌で感じながら見るのとでは、同じものを見ていてもまるで別物のように思えた。

 さっきは筆石のスイッチを押してしまった綾乃、中にあるかもしれない装置内のスイッチだけは誤って押さぬよう気を引き締め、筆石の後をついていく。


 ハッチの先に広がっていたのは六畳ほどの広さの正六面体の空間。部屋の奥には何故か普通の扉が付いている。筆石は部屋に入ると、部屋の側面の壁のカバーを外し、コンソールパネルを開いた。ハルのマニピュレーターが二本伸びて行き、パネルの下の二つの接続端子に接続される。二本のマニピュレーターは接続したまま途中で筆石の目の前で平行に並び、そして広がった。二本の間にホログラムで十九インチ画面程のモニターが投影される。筆石はそのモニターに表示される情報やキーに触れつつ、ハルに指示を出していく。


「ハル、生体適合システム、環境ジェネレータ、空間拡張装置並びに各種装置の整合性のチェックを」


『了解。ダイブ装置、テストモードで限定起動。各種装置、診断プログラムを作動。診断開始』


 部屋の足元から静かに機械音が響いた。


 一方綾乃は、本体のノートPCを抱えたアイと横並びになって、変なものに触れないかだけ気をつけつつ、テキパキと動く筆石の様子をぼんやりと見ていた。


 ――いや私、こんなの扱えって言われてもできる気がしないんですけど……


 私が扱える機械といえば、お米が炊けましたとか、お風呂に入れますとか、そういうなんでも自動で勝手にいい感じにやってくれるようなやつで……かろうじてパソコンが人並みに扱える程度の私には、確かにハルが色々補助してくれているけれども、筆石さんのような扱いは絶対無理。できる女性みたいで格好良くて、ちょっといいなとは思ったけど。

 元々技術系出身の彼女だからなせる技だと、筆石さんの勢いに置いていかれつつ、綾乃は納得していた。

 静かに診断は進んでいく。ホログラムディスプレイの上の診断の状況を示すプログレスバーがじわりじわりと進んでいく。やがてプログレスバーが右端に達し、同時に『CMPL』の表示が出る。


『診断終了。各種装置、アノマリ検出されず。テストランが利用可能です』


 すると筆石は、少し顎に手を当てて考える。ちらりと綾乃の横の、本体のノートPCを抱えたアイを見る。

――成程、いい事を思いついた。


「ハル、権限(ロール)をアークコサ……いいえ、アイに付与。生体適合システムをスタンドアローン・モードで起動、限定条件下でのテストランを行うわ」


『了解。権限(ロール)データをRS-01『アイ』に送信します』


 ホログラムの表示が切り替わる。データ送信の表示が現れる。


「さぁ、新人研修(はつしごと)よ。テストだし、失敗してもいいからやってみなさい」


 筆石はそう言って、綾乃とアイを見た。

 え、初仕事? なにを?

 急に振られた綾乃は、目を見開いて筆石の顔を見る。テストラン関係で何かの仕事を期待されていることは分かったが、何をどうしたらいいのか皆目見当もつかない。


「アヤノさん、受け取っていいですか?」


 テストランに必要な権限一式の処遇をアイが尋ねると、綾乃はとりあえず首肯した。権限を渡されたということは、初仕事とやらに必要なのだろう。


「アヤノさん、通信に必要な計算資源を確保できません。人間への変身を維持するために、多くのリソースを消費しています。えっと……一時的に! 人間への変身を終了することを具申します」


「あ、うん。それでいけるなら、申し訳ないけどそうしてくれる?」


 綾乃はそう返答する。アイがボロの本体をコンプレックスにしていることをよく知っているだけに、少し気が引けた。

 アイは抱えていたノートPCをそっと自分の足元に置いて立ち上がると、アイの身体が次第に透けていき、その場から消えてしまった。

 数秒ほどすると、また同じ場所にスッと、まるで逆再生しているかのように、何もない空間に次第に身体を形成し、アイは足元のノートPCを拾い上げて、軽くふらついた。


「権限の受け取りに成功しました! 今後の操作に備えて、変身に割く計算資源を圧縮しました」


「フラフラだけど大丈夫!?」


「人の姿を維持する為に割いていた計算資源を、精度を落として二十一・六%分圧縮しました。いつもの精度でAIとしての作業を並行するには、アイの性能だけじゃ足りないのです……」


 アイは背中に手を当てて支える私の顔を見て、申し訳なさそうに苦笑いの顔を作る。

 ただでさえ少し動きが怪しかったアイの動きが、輪をかけて危なっかしい。もしかしたら、アイは今まで背伸びして無理をしていたんじゃないだろうか。

 普段どれくらいはパワーを使っているのかと尋ねると、使用率九十八・六%だとアイは答えた。持てる能力のほぼ全部を自分の身体に費やしていると、計算しなくとも分かる。

 さらに、身体を保ったままこの計算パワーの不足を解決するには、他のAIから助けてもらうか、演算能力強化用の拡張ボードを装着するしかないと言う。


 アイが自分の身体を作っているのは、当のアイがそうしたいからで、私も人の姿のほうが好きだけど、本来は必要のない変身。他のAIに処理の一部を任せたり、演算ボードを装着したりしてまで、それを維持するほどのものでもなく、そういうものだと我慢するしかない。

 とにかく、今はそれよりセータイナントカシステムのテストをどうにかしないといけないんだけど……


 ――装置の点検や整備は、研究開発部でやるので、君たちは利用するだけです。何か困ったり不調があったりしたら、小さなことでもすぐに研究開発部に連絡してください。


 そう四課で受けた研修でハッキリ言われた私。当然テストランの手順なんて知らない。

 筆石先輩の口元が笑っている。嫌がらせなのか試されているのか、どっちかというと、右往左往する私を見て面白がりたいだけな気もする。イジワルな先輩です。


「あの、装置の整備の手順とか、教えてもらってないんですけど……」


「事前の説明と実際にやることが違うってのは度々あることだし、装置のテストラン位は覚えておいて損はないわ」


 それに、と筆石はアイを見て続ける。


「サポートAIを実地でいきなり使用、なんてことはしたくないでしょう?」


 大丈夫よ。アイがサポートしてくれるから。そう言って筆石はハルのマニピュレーターをコネクタから取り外した。紐状のマニピュレーターがスルスルと彼女の白衣の下に収納されていく。


「さぁ、信じて」


 し、信じてって言われても……信じて奇跡が起こるのは、物語の中だけだと相場が決まっている。現実はそう甘くなくて――あれ。もしかしたらたとえ物語の中でサポートAIを実地で使ったとしても、成功を信じていれば、物語の奇跡の力でうまくいったりするのかな。

 でも、物語の中といえどあっちの世界では現実なのだから、そう簡単に奇跡が起こるはずもなくて――奇跡と現実ってどっちが強いの?

 勝手に思考の狭間で目を回しはじめる言ノ葉綾乃であった。


「アヤノさん、私は元々装置の整備や試験用に作られたAIです。私の専門分野です! 任せてください!」


 そういえばそうだったと、PCを胸に抱えた自信ありげな顔を見せるアイを見ながら思い出す。


「テストに必要なシーケンスは私が計画して実行するので、アヤノさんはテスト状況の設定を教えてくれるだけでいいです! フデイシさん、生体適合システムの仕様データは、今どこに保存されていますか?」


「あぁ、それなら、えーと……」


 筆石がハルのマニピュレーターの一つを使ってホログラムディスプレイを再表示させる。表示されたファイルのアイコンを両手で広げる様にして開いて行き、目当てのデータにマークをしていく。同時に彼女の脳の信号を受け取ったハルが作業を同時平行すると同時に、それらのデータの所在をアドレスにしてアイに送信する為にパッケージングしていった。


「これと……これと……これね。アイ、送るわ」


「ありがとうございます! ――二年前と設計は大きくは変わってないけど、細々としたところが変わってますね」


 アイはまるで感情があるかのように、本当にいきいきとしていた。

 さっきハルがマニピュレーターを差し込んでいたコンソールパネルの前の床に、アイはノートPCを置く。ガタン、と音を立てる本体。自分自身の扱いがやや荒いのは、それを取り扱っているアイの身体の制御の精度が悪いからなのだろうか。


「アイ、手伝おっか?」


「手伝うのはアヤノさんじゃなくて私です。アイです!」


 アイが自分の本体を壊しそうな、そんな危なっかしさに私が思わず歩み寄ると、アイにそんなことを言われました。

 だって、外装も日焼けして傷んでて割れやすくなってるし、預かって初っ端の仕事で「アイを壊しちゃいました」なんて、どんな顔して課長に報告すればいいのやら……ガタンという音がして、本当にヒヤッとする。


 アイがノートPC下部をいじり、指でつまんで引っ張ると、きしめん状の細長くて白いケーブルが巻き尺のように伸びる。綾乃の知らない装備だが、似たようなものに見覚えはある。筆石先輩のマニピュレータだ。

 ケーブルは自分でウネウネ動かない。フチは七色に光らない。SF映画よろしくホログラム映像を表示することもない。

 ただの白いケーブルだが、ハルのマニピュレータの参考にしたものの一つなのかもしれない。そんな考えが綾乃の頭をよぎる。


 そんなケーブル先端のコネクタを、アイはコンソールパネルの下の二つの接続端子の左側に差し込もうとするが、身体の制御の精度の悪さがここでも災いする。まるで針に糸を通す作業のように失敗するアイに代わって、綾乃がケーブルを手にとって差し込んだ。


「もう片方の端子は差さなくていいの?」


「私は片方だけで十分なのです。アヤノさん、生体適合装置のテスト回数は一セットでいいですか?」


「えっと、そうね……テストだし多分一回だけでいいと思う」


 アイと綾乃のやり取りを見守りながら、筆石は違和感に気付いていた。認識の相違という、命名の時のそれと同じ違和感。

 まぁ、別に大事になるような事はやらせてないし、間違いも経験のうちね。そう思って筆石はその考えを脳内にとどめておく――それに何やら面白そうな事にもなりそうだし――悪戯を企む悪餓鬼のような感情と共に。


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