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岩を切り裂く少女

「てっきり試し切りは庭でやるのかと思いました」


 ミリシャの工房をあとにした僕が口にした言葉がそれだった。

 ミリシャは豪快に笑いながら否定する。


「ただの鎧ならばそれでいいんだけどね、お嬢ちゃんに斬ってもらいたいのはただの鎧ではないからね」


「ただの鎧ではない?」


 気になる言葉だったので尋ね返す。


「お嬢ちゃんに斬ってもらいたいのは動く鎧さ」


「動く鎧?」


「ああ、そうだ」


「動く鎧って動くんですか」


「動かなかったら動く鎧とはいわないだろ」


 道理である。


「それはそうですけど、ミリシャさんが作った鎧ですよね? 呪いでも掛けられているんですか」


「まさか、うちは魔法を付与するようなお上品な工房じゃないよ」


「じゃあ、なぜ、そんなことに」


「さてね。出来損ないの鎧を谷に捨てていたら、いつの間にか洞窟から動く鎧が出るようになった。なんでも冒険者の目撃談によればうちの工房の印があるというじゃないか。それを聞いたら捨て置けなくてね」


 代わりに説明をしてくれたのはマイトだった。


「おそらくですが、谷底にある洞窟に邪教徒、あるいは呪術師あたりが根城を張っていたのでしょう。そこに業者が鎧を捨てていたものだから、有効活用されたのかと」


「なるほど、魔法の実験台にされたのかな」


「そんなところだろうね……」


 ところでお嬢ちゃん、とミリシャは続ける。


「さっきから気になっていたんだけど、お嬢ちゃんのしゃべり方はなんだか、お嬢ちゃんぽくないね。見た目はどこぞのご令嬢のように麗しいんだけど」


「…………」


 ぎくり、としていしまう。

 背中に冷たいものが走る。

 見た目はそれなりに気を配っていたが、しゃべり方まで気にしていなかった。


 もっと女性らしくしゃべれば良かっただろうか、そう悩んでいると、リルさんが助け船を出してくれる。


「こやつは貴族の出でな。しかも武門の家柄。しかし、悲しいことに跡取り息子が生まれなかったので幼き頃から剣の修業をさせられていたのだ。それでこのようなしゃべり方になってしまってな」


「なるほどねえ。あたいと似たようなものか。あたいもマイトが生まれるまでは一人娘でね。親父に後を継ぐように仕込まれたものさ」


「だからそのようにガサツになったのだな」


 リルさんは無遠慮に言うがミリシャは気にした様子もない。

 違いない、と豪快に笑う。


 おそらくであるが、彼女は女と見くびられるのが嫌いなのであって、それ以外に関しては寛容な人間のようだ。


 いや、むしろ懐深い女性なのかもしれない。

 それに気配りもできる。

 ミリシャはボクの肩を叩きながら言う。


「これからクロアには洞窟に入り、一緒に鎧の始末をしてもらうが、危ない、あるいは無理だと思ったら下がってくれていい。あとはあたいと神獣様で始末を付けるから」


「ミリシャさんが戦うんですか?」


「不服かい?」


「こういうのは冒険者の仕事のような」


「あたいは冒険者じゃないけど、日頃から馬鹿でかい槌を振るっているんだよ」


 そう言うと彼女は腕を巻くし上げ、力こぶを作る。


 白い綺麗な肌だったけど、脆弱さがない雌豹のようなしなやかな筋肉を持っていた。

強そうである。

 エクスは遠慮なく言う。


「腕相撲をしたらクロムは負けそうだね……」


「……だろうね」


 僕の腕は女装が似合うほどに細い。

 筋力のステータスは確実に負けるだろう。いや、負ける。

 ミリシャがステータスを見せてくれる。



ミリシャ 24歳 レベル13 鍛冶師 Bランクギルド 火神の槌所属


筋力 A

体力 B+

生命力 C+

敏捷性 D

魔力 F

魔防 F

知力 D+

信仰心 D

総合戦闘力 1180


武器 アグニの槌

防具 鍛冶師のツナギ


固有スキル ???

戦闘関連スキル 【ハンマーA】



 やはりミリシャのステータスは高い。筋力がAもあるし、戦闘スキルのハンマーもAある。


 そのアグニの槌という立派なハンマーでモンスターを叩けば、一撃で頭蓋骨を、いや、背骨まで粉々に砕いてしまうこと必定であった。


 ミリシャはそれを証明するかのようにその力を発揮する。

 目の前にある大岩、洞窟の一部をふさいでいる大岩を割って見せるという。

 リルさんは感心する。


「ほお、この大岩を割ってみせるというのか」


「まあね。もっとも神獣様がやってくれるなら譲るけど」


 リルさんはにやりと笑う。


「私の拳ならば余裕で砕けるが、それでは興がそがれる。ミリシャの実力を見せてもらいたいところだが――」


 リルさんは言葉をとめるとこちらに視線をやる。


「ここは間をとって少女に割ってもらおうではないか」


「このお嬢ちゃんにかい?」


 ミリシャは怪訝な顔をする。


「お嬢ちゃんのステータスは見せてもらったけど、さすがに力不足じゃないかい。とても岩を割れるとは思えない」


「そんなことはない。お主のくれたサムライブレードは業物だ。今の少女ならば岩くらい割ってくれよう」


「上げたわけじゃないけどね」


「ケチ臭いな」


「あれは東方から伝わった大業物なんだよ。易々と渡すことはできない」


「ならば代わりに賭けをしないか?」


「賭け?」


「もしも少女が岩を割ったら防具の制作料をさらにまける」


「いいね、――もしも切れれば、の話だけど」


「だそうだ。少女、さらに良い防具を手に入れる絶好の機会だぞ」


 リルさんはそう言うと僕をあおる。

 僕はやれやれとサムライブレードの鞘に手をやる。


 このような挑発に乗りたくはなかったが、ギルドマスターがやれというのならばやるしかない。


 それにだけど、僕は高揚していた。ミリシャからこの刀を受け取ったときから、試し斬りをしたくてうずうずしていたのだ。


 剣士としてのさがだろうか。エクスと出会ったときのようなドキドキ感を覚えていた。


 なので僕は彼女たちの思惑に乗る。


 この賭けは圧倒的に僕たちが有利。もしも岩を割れなくても恥をかくのは僕だけであったし、フェンリル・ギルドに損害はない。


 ならば受けないという選択肢はないような気がした。

 大股を開き、抜刀術の構えを取る。

 スカートから、がに股の足が出るが、気にしない。


 今、求められているのは女性的な気品よりも、岩をも切り裂く研ぎ澄まされた剣技だ。


 見た目などどうでもいい。

 マイトが僕の生足を見て頬を染めているような気がするけど気にしない。

 僕は昔、じいちゃんがやっていた居合術を見よう見まねで真似をする。

 じいちゃんは居合術の達人で、その技で多くの魔物を葬ってきたのだ。


 僕にもじいちゃんの血が流れているのだから、その技を十分の一でも再現できるはず。


 そして岩を斬り裂くのならば十分の一の腕前で十分だった。


 精神を集中し、空気が張り詰め、時間が静止した瞬間、サムライブレードのつかに手を添え、刀を抜き放つ。



 いける!



 そう思った瞬間、刀身をすべらせるように抜き放つ。


 ミリシャが貸してくれたサムライブレードは、油でもさしているかのような感覚で鞘から抜き放たれる。


 瞬間、放たれる剣閃。

 聖剣から放たれる剣閃とはまるで異質な線。


 聖剣の一撃は魔力を帯びた軌道と色彩を放つが、サムライブレードのそれは鉄の匂いを感じさせるような無骨な線だった。


 しかし、その分鋭く、力強いような気がした。

 実際、サムライブレードの一撃は見事に岩を斬り裂いた。

 道をふさいでいた岩を破壊した。


 その姿を見ていたリルさんは、にやり、という表情を漏らし、ミリシャとマイトはそっくりな瞳を同時に見開いていた、

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