サムライブレード
ミリシャさんはその見た目通り、豪快な人だった。
応接室の長椅子に豪快に腰をかける。
大股開きで机に脚を投げ出すと、ズボンのポケットからウィスキーの小瓶を取り出す。
彼女はそれを生のまま口を付けると、
「うんめえー」
と、酒気をばらまいた。
昼間だというのに、女性だというのに、慎みやしとやかさは一切感じなかった。
「女装している少年の方が可愛らしいな」
とはリルさんの言葉だが、もちろん、本人にはいわない。
先ほど追い出された貴族の従者と同じ轍を踏むほどリルさんは馬鹿ではなかった。
ただし、それほどお利口さんでもない。
リルさんは席に通されると、開口一番にこんなことを言う。
「ふむ、ここが迷宮都市でもその名を知られた旧ヴァイクの工房か。今はミリシャの工房のわけだが、我がギルドが依頼するほどに腕の立つ鍛冶師はいるのかな」
その言葉を聞いたミリシャは怒ることなく笑った。
「はっはっは、さすがフェンリル・ギルド、言うことは言うねえ。Fランクに零落してもその自尊心は健在とは本当だったんだね」
「失敬な、私のギルドはDランクだ」
「へえ、いつの間にかご出世されたようで」
「うむ、それもこれもこの少女のおかげだ」
とリルさんは自慢するように僕を紹介する。
「このお嬢ちゃんが昇格に一役買っているのかい?」
「一役どころではない。二役は買っているぞ」
えっへん、と胸を張るリルさん。
「この少女はそこに置いてある聖剣で火竜を倒した。それに先日、太古の悪魔を倒したのだぞ。それも勇猛果敢に、まるで伝説の勇者のように華麗に」
「ほんとうかい?」
とミリシャは訪ねてくる。
一瞬、正直に答えていいものか迷う。
今の僕はどう見ても女の子、そんな剛の者には見えない。
鏡を見た限り、ナイフとフォークよりも重いものを持ったことがないご令嬢に見える。
ただ、女装を解いて元の姿に戻っても大差はないようにも思う。
元々、線が細い僕。いまだに冒険者というよりも冒険者ギルドで掃除をし、依頼料の計算をしている方が似合っている、などと言われることがある。
つまりどちらにしても信憑性が乏しいのだ。
ここでもしも肯定すれば、彼女はその凜々しい眉をつり上げ、こう言うだろう。
「へえ、やるじゃないか、ちょいとその腕前を見せてくれるかい、お嬢ちゃん」
と。
それは困る。
このようなひらひらな服を着ているときに実戦は難しい。能力値をフルに引き出せないだろう。
しかし、困るからといってミリシャがそれを忖度する理由にはならなかった。
案の定、彼女は僕に試練を課す。
彼女はおもむろに立ち上がると、暖炉の上に立てかけてあった一振りの剣を投げて寄越す。
僕は慌ててそれを空中で掴む。
ずしりと重いが細身の剣だった。
「……これはなんですか?」
「それは東洋の武器、サムライブレードだ」
「これがサムライブレード……」
名前だけは聞いたことがある。
サムライブレードとは東洋のサムライと呼ばれる騎士が好んで使う剣で、その切れ味は魔法を付与していないのにもかかわらずとてつもないらしい。
なんでも以前、戦った暴れ猿を脳天から真っ二つにすることもできるとか。
「ちなみにそれは五つ胴と呼ばれる逸品だ」
「五つ胴?」
「人間の胴を5体並べていっぺんに切れるっていう意味さ」
彼女は不敵に笑うと続ける。
「ちなみにそれは比喩じゃないよ。東洋では本当に人間の死体を並べて試し切りをするのさ。無論、試し切りされる死体は罪人のものだがね」
「…………」
思わず無言になっているとミリシャは言う。
「怖いのかい? ドラゴンスレイヤーのお嬢ちゃん」
「……いえ、そんなことはありません」
毅然と言う。
「名刀を持って感無量になっているだけです。それでこの刀をどうすればいいんですか?」
「その刀であたいの鍛えた鎧をぶった切ってもらう。そうしたら一人前の戦士と認めて、一人前の防具を作ってやろう」
本当ですか、とは問わない。ミリシャの目は本気だった。
ならば僕も本気でやらなければならない。
「分かりました。見事、この刀で鎧を切り裂いて見せます」
と、決意したはいいが、水を差すものがいる。
机の上の聖剣だ。
彼女は不満たらたらに言う。
「きー! 悔しい! 浮気だ、浮気! クロムがボク以外の剣を握るなんて。NTR反対! NTR反対!」
僕は心の中で彼女に返答する。
(仕方ないだろ。ミリシャさんがそうしろっていうんだから)
(でも、ボクとクロムなら簡単に鎧くらい切り裂けるよ。ボクたちはずっともだからね)
(今回だけは黙ってみていて。実は僕も興味があるんだ)
(他の武器に?)
(武器は全部女性なの?)
(そうじゃないけどさ)
(そうか。僕が興味あるのは今の自分の実力だよ。聖剣以外の武器を装備してどこまでやれるか、それに興味がある)
(まあ、ボクが大幅に戦闘力を上げているからね)
と彼女は僕のステータス、総合戦闘力を見ながら言う。
エクスカリバーを装備しているときの僕の総合戦闘力は1853。
サムライブレードを装備しているときの僕は1599まで下がる。
わずかといえばわずかだが、それでも結構大きな差だ。
それに戦闘力だけでなく、エクスからは様々な恩恵を受けている。
武具スキルの【成長倍加】がなければいまだに僕は低レベルをさまよっていただろうし、【自動回復小】のスキルがなければとっくの昔に死んだかもしれない。
僕の戦闘スタイルは強引で、【自動回復小】のスキルに頼っている節がある。
また、聖剣の必殺技、剣閃にもだいぶ助けられていた。
まさにエクスカリバー様々なのだが、そのエクスカリバーがないとき、僕はどれくらいやれるのか、それを試す絶好の機会でもあった。
(……そうか、クロム、立派になったね。そんな覚悟があるのならば一回くらい浮気をしてもいいよ)
剣を持ち替えるくらいで浮気認定されるのは堪ったものではないが、エクスがほのかに感動しているので水は差さない。
無難に「ありがとう」というと僕はミリシャから受け取ったサムライブレードを鞘から抜いた。
きらり、と光が走る。
眩しいくらいだった。
刀独特の刃紋がとても美しかった。
なんでもサムライブレードは、その切れ味も特筆に値するが、その美しさも人々を虜にしているという。
特に骨董好きの貴族に珍重され、武器というよりも芸術品として蒐集しているものも多い。 もっとも、ミリシャから受け取ったこの刀は芸術品ではなかった。
ずしりと重く、刀身も華奢ではない。
何匹ものモンスターを斬った業物の貫禄を感じさせる。
切れ味だけならばエクスを上回るかもしれない。
そう思ったが、それを聞けばへそを曲げるのは分かりきっているので、沈黙によって節度を守ると僕はミリシャと一緒に試し切りの場所へ向かうことにした。




