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神獣フェンリルとの一戦

 迷宮都市の迷宮への入り口、そこには常に衛兵がおり、ダンジョンに潜るものを厳しく精査していた。


 資格を持たないもの、紹介状を持たないものを中に入れないためだ。


 それはなんの力も持たない一般市民をダンジョンに入れて危険にさらすことを防ぐためでもあるが、他にも意味がある。


 たとえば非合法の秘薬や霊薬の売買にダンジョンを利用させないため、犯罪組織の根城などを作らせないため、などの理由だ。


 なので厳しくチェックされるのだが、リルさんの場合はそうではなかった。


 彼女は衛兵に軽く目配せすると、

「ご苦労」

 と、一言だけで通り過ぎてしまった。


 さすがギルドマスター。神獣様ともなれば顔も覚えてもらえるのだろう。

 しかし、僕はそういうわけにはいかない。リルさんは素通りされても僕は違った。

 衛兵は僕を呼び止め、素性を尋ねる。


「ええと、僕は――」


 僕の説明をさえぎったのはリルさんだった。


「少年は私の連れだ。ギルド発行の通行許可証があれば、3人までは申請なしで連れ込めるのだろう」


「リル様のお連れでしたか、それは失礼しました」


 と、道を空ける衛兵。すごい。小柄な少女だったが、その威圧感は神様並だ。いや、神様なんだけど。


 僕はリルさんの後ろに黙ってついて行く。

 彼女の尻尾はぴんと立っており、とても可愛らしかった。





 ダンジョンに入る。

 そこには青空が広がっていた。


 一瞬、ここが本当に地下であるか、疑いたくなったが、リルさんが説明してくれる。


「驚いたか、少年、迷宮の地下に青空があることに」


「話には聞いていましたが、驚きますね。実際に目にしてしまうと」


「どんな魔法を使っているのか、空間をねじ曲げているのか、賢者たちの間でも議論百出だそうだが、その謎は解明されていない」


 彼女は陽光を浴びるために天をあおぐ。


「しかし、あそこに見える太陽はまがい物かもしれないが、それでもあの光によって視界は保たれるし、植物も元気に育つ。その植物を食べる草食動物もいて、それに襲いかかる肉食獣もいる。こうしてこのダンジョンの生態系は保たれているというわけだ」


「なるほど」


 と、周囲を見渡す。

 たしかにダンジョン内には多くの木々や草花が生い茂っている。

 それを食べる草食動物もいたし、木の梢で羽を休めている小鳥もいた。

 弓の腕前が一人前ならばここで自給自足の生活ができるかもしれない。

 そう思った。


「さて、観光案内ではないのだから、さっそく、その腕前を見せてもらおうか。いや、その聖剣の能力を発揮してもらおうか。もしも私のお眼鏡にかなえば、少年を我が最強ギルドのメンバーに加える」


 リルさんはそう断言すると、僕を狩り場に連れて行った。



 迷宮第一階層南西部。


 そこは冒険者たちの練習場と呼ばれるくらい低レベルのモンスターたちが集まっている場所だ。


 そこに連れてこられた僕は、不思議な光景を見る。

 リルさんは鼻栓をすると、懐から薬草を採りだした。


「なぜ、鼻栓をするんですか?」


「私は鼻がきくからな。この匂いがたまらないのだ」


「そんなに臭いですかね?」


 くんくんと、薬草の匂いをかぐが、そこまで強烈ではない。

 それは薬草を火にくべても一緒だった。

 もくもくと煙が立ち上るが、そこまで悪臭を放たない。


「この匂いは、周囲にいるコボルトどもを引き寄せる。コボルトは知っているな?」


「犬型の亜人タイプのモンスターですよね」


「正解だ。なかなかすばしっこくて厄介なやつらだが、今の少年ならばなんとか倒せるだろう。いや、なんとかではなく圧倒してもらわないと。なにせ少年は我がギルドに入ってもらわなければならないのだ。Aランクのな」


「Aランク……」


 ごくり、と生唾を飲む。


「しかし、そんなに緊張をしないでもいい。緊張していては力を十全に発揮できないからな」


 彼女はそう言うが、すぐに表情が真剣になる。


「――どうやらさっそくコボルトどもが匂いをかぎつけたようだぞ。数はひいふうみい、5体といったところか。初陣に丁度良い」


 彼女は断言すると僕の背中を叩いた。


「これは景気づけだ。やつらを駆逐して、英雄としての第一歩を踏み出せ!」


「はい! わかりました」


 と、僕は鞘から剣を抜き、コボルトたちに立ち向かう。

 コボルトたちは皆、武装していなかった。

 第一階層のコボルトは知能が低く、武器を持たないらしい。

 その武器は手のかぎ爪と強力な犬歯だけ。


 大ぶりのかぎ爪と首元を狙ってくる噛みつきにさえ気をつければ、大して怖い相手ではなかった。


 そう判断した僕は思いきって剣を振るう。

 聖剣の横なぎの一撃は軽くコボルトを切り裂く。

 一撃で倒されたコボルトはその場に倒れる。

 その姿を見て、やれる!

 そう思った。


 僕は次々とコボルトに斬りかかるが、コボルトたちは避けることさえできずに次々と倒れていく。


 その姿を見てリルさんはつぶやく。


「すごいな……、とてもレベル3、それに剣術スキルDの新米とは思えないな」


「聖剣のおかげですよ」


 断言すると最後に残ったコボルトにとどめを刺した。

 それを見守っていたリルは、お見事、と一言言う。


「見事な手際だ。素晴しい腕前であった」


「それじゃあ、僕をギルドメンバーに加えてもらえるんですか?」


 思わず声を弾ませてしまうが、彼女は首を横に振る。


「私は少年が聖剣の潜在能力を引き出すところがみたい、と言ったのだぞ。今の一戦ではなにも計れなかった」


「そ、そんな」


「安心しろ、今のは小手調べだ。コボルトごときで少年の力は計れない。なのでこの私が自ら相手をすることにした」


 リルさんはそう言うと、戦闘の構えを取る。


「え、僕とリルさんが戦うんですか?」


「不足かね?」


「まさか、とんでもない。だけど、武器も持たない女の子と戦うのはちょっと」


「武器を持たない?」


 リルさんは自嘲気味に笑うと、とぼとぼと歩き出した。


 近くにあった岩まで向かうと、そこで、


「ふんっ!」


 と力を込める。

 そのまま拳を岩にぶつける。

 岩が砕ける。それも粉々に――。

 それが神獣であるリルさんの実力であり、覚悟でもあった。


「少年、私を女だと思って侮らないことだな。全力で掛かってこい。そしてその聖剣の力をすべて出し切ってみせよ!」


 リルはそう叫ぶと、再び戦闘の構えを見せた。

 僕は覚悟を決めると、聖剣をかまえた。



††



 決闘が始まる直前、リルはこう思っていた。

 我ながら大人げないかな、と。

 しかし、リルの血はたぎっている。

 目の前にいる少年の力に心をときめかせていた。

 固有スキル【なんでも装備可能】。

 ふざけた名前であるが、そのスキルの可能性は無限大にある。


 悪魔しか装備できない呪われた武器も。

 化け物でもかつげない大剣も。

 巨人しか持つことのできない大盾も彼は装備できるのだ。


 それは無限の可能性と無限の戦略性を秘めているということ。

 それだけではない。


 彼の力はまだまだ微弱であるが、その奥に宿る『力』を見逃すほど、リルは耄碌(もうろく)していなかった。


「少年――、名前をクロムと言ったかな。彼はやがて最強の冒険者となる。この国の英雄になる。私は彼を自分の手で育ててみたい。彼が英雄になるところを見てみたい」


 この地上に降臨して早数百年。

 様々なタイプの少年を見てきたが、クロムはどの人間たちとも違った。

 どの少年よりも目を輝かせ、まっすぐに前を見つめていた。

 その瞳の先になにがあるのか、リルは確かめたかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 岩とか地面とか海とかも装備できるかなって思っちゃった。アハハ……
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