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ジュノシー家の掟

 こうして僕とカレンは恋人になったわけだけど、だからといってベッドを同じにしたり、イチャイチャしたりしたりはしない。


 この【フェンリルの咆哮】の広間にはこんな標語がかかげられている。


「ギルド内恋愛、大いに推奨。産めよ増やせよ冒険者。ただし、ギルドマスターの前でいちゃついたら許さない」


 こんな標語もある。


「バカップル、いちゃつくなら今のうち。どうせ来世はカマドウマ」


 要はフェンリル・ギルドのマスターは、風紀にうるさい方であった。

 なので僕とカレンが恋人になっても恋人らしいことはできないし、しない。


 エクス辺りに言わせると、


「残念だったね、退廃的で淫らな生活を送りたければ、もっと稼いで自立しないと」


 となる。

 余計なお世話である。


 そもそも僕とカレンが恋人になったのは、恋愛感情からではなく、必然的な理由があるのだ。


 その理由とはカレンの家庭事情であった。


「家庭事情って?」


 聖剣のエクスが遠慮なく聞いてくる。


「いや、エクス、君はさっき一緒に聞いただろう」


「ごめん、寝てた。聖剣も眠るのさ」


「とんでもないタイミングで寝るね。エクスは」


「よくいわれる」


 と、悪びれずもせずに言うが、説明をしてやる。


「さっき、カレンが言っただろう。僕とカレンは恋人になるのではなく、恋人の振りをするって」


「偽装恋人ってやつ?」


「そういうこと」


「なーんだ。せっかく、クロムに彼女ができたと思ったのに。残念」


「エクスはやたらと僕に彼女を作らせようとするね」


「相棒としての責務ってやつ? でも、勘違いしないでよね! クロムのお嫁さんはボクなんだからね!!」


「無機物はお嫁さんにできないよ」


「それはそのうち解決するの。いつか擬人化してやる」


 と、鼻息荒くエクスは続ける。


「それまではまあ、女のひとりふたりくらい、許して上げるのが、いい女ってものさね。結局、男は遊んでいても最後は安らぎを求めて帰ってくるからね」


 深い言葉だ。


 剣が言った言葉でなければそのまま掛け軸にでもしたい言葉であるが、彼女は剣なのでしない。


 僕は彼女の寛容さに甘えるわけではないが、カレンのもとへ向かった。

 偽装恋人になる、と了承したものの、詳細はまだ聞いていなかった。


 昨晩はあのあと、リルさんが「お腹が減った」と起きてきて、その後、カレンが夜食を作ったりと忙しかったのだ。


 僕もその夜食の相伴にあずかったが、彼女の作った即席リゾットはとても旨かった。


 三種のチーズが入った特製リゾットを食べ終えると、カレンは僕にさりげなく近づき、耳打ちした。


「明日、朝食を食べたら近くにある公園にきてくださいまし」


 公園とは近くにある噴水庭園のことだろう。

 この迷宮都市は贅沢に土地が使われており、各ブロックごとに公立の庭園がある。この迷宮都市に税金を納めているものならば、誰でも使用することができた。


 僕たちの住むこのフェンリルの館にも公園はあり、ごく希にではあるが、僕も利用していた。


 緑が見たいとき、噴水で心を癒やしたいとき、そこに訪れる。

 カレンもきっと余暇にはその公園を利用しているに違いなかった。


 彼女は忙しなく働くメイドさんであるが、それでも人間、きっと癒やされたいときもあるだろう。


 そんなときは公園のベンチで黄昏れながら、噴水を見ているはずであった。



 想像通り、カレンは公園のベンチで黄昏れていた。

 いつも元気はつらつの彼女が、うつむき加減にベンチに腰掛けている。

 不覚にも見とれてしまう。

 美人は愁いに満ちた顔でさえ絵になってしまう、そう思った。

 しかし、今は彼女を鑑賞しているときではない。


 僕はカレンの横に腰掛けると、公園のスタンドで買ってきたミルクティーを差し出した。


 彼女が入れるお茶ほど美味しくはないが、それでも喉を潤し、舌をなめらかにする効果はあるだろう。


 実際、カレンは紅茶に口を付けると、すぐに話し始めた。


「クロムさまは紳士ですね。なにも言わなくてもお茶を差し出してくださるなんて」


「普通だよ、ちょっと肌寒いからお茶が有った方がいいかな、と思っただけ」


「そういうことをさりげなくできる殿方を、世間では紳士と呼ぶのです」


 彼女はそう明言すると、一拍おき、告白するかのように口を開く。


「クロムさまにはわたしの生い立ちは話しましたっけ?」


「いや、聞いていないよ」


「それでは生い立ちから話しましょうか。といってもカチュアさんのように壮絶な過去とかではありませんが」


 カレンは、こほん、と咳払いをすると、事情を話し始めた。


「実はわたしの実家は名家なのです」


「名家? もしかしてカレンの家って貴族かなにかなの?」


「まさか」


 と、首を横に振る。


「我が家は代々、由緒正しい平民ですよ。ですが、ただの平民ではありません」


 誇らしげに言う。


「なんと、我が家は代々、偉大なメイドさんを輩出するメイド一家なのです」


「メ、メイド一家?」


 なんだ、それは聞いたこともない一家だ。

 表情に困っているとカレンが説明してくれる。


「世にも珍しいメイドを生業(なりわい)とする一族です。一族の全員が女、当主も女の一族です。そして全員が現役のメイドかメイドを生業としていたもの。そんなものたちで構成された一族です」


「そんな一族があるのか」


「あるんです」


「世の中は広いね」


「広いのです」


 カレンは説明する。


 カレンの実家は王都にあるかなりの素封家(おかねもち)で、代々、名の知れたメイドを王侯貴族や大商人たちに供給していた。


 カレンの実家であるジュノシー家は代々、女の子しか生まれない特殊な家系で、生まれた女の子は皆、メイドさんになるのだという。


 ジュノシー家で生まれたメイドさんは、各国の名士に重宝がられ、ジュノシー家のメイドを雇うのはちょっとしたステータスになっているらしい。


「聞けば聞くほどすごい話だ」


「実際、すごいですよ」


 と、カレンは一族の華麗な経歴を披露する。


「現在の当主であるおばあさまは先代の国王にお仕えしていましたし、叔母は現在、大商人オルレアン家のメイド長を勤めています。母親は一時、私たちを産むためにメイドの仕事から離れていましたが、今は現役復帰し、とある地方領主のもとで働いています」


「ごいすー!」


 と、腰の聖剣は言う。


「すごいのです。わたしもジュノシー家に生まれたことを誇りに思い、幼い頃からメイドになる修業に明け暮れていました」


 カレンはまぶたをつむり、回想する。



「幼き頃から姿勢をぴんと伸ばすため、背中に木の棒をくくり付けられて日常生活を送りました。


 極寒の雪原にナイフ一本で放り出され、メイド服のみでも凍えぬように調教されました。


 逆に火山地帯に蹴落とされてもメイド服を脱がないように教育されました。


 紅茶の味を覚えるため、聞茶(ききちゃ)を常日頃から行ない、もしも間違えればおしおきもされました」



「…………」

 本当に凄い環境だ。そんな家に生まれなくて良かった、そのような感想を抱く。


「厳しい家でしたが、それでもわたしはジュヌシー家に生まれて幸いだったのです。メイドの一族に産まれたことを心から誇りに思っています」


 ですが、と彼女は続ける。


「その厳しい一族には、鉄の掟があるのです」


「鉄の掟?」


「はい、それが昨日の手紙に繋がります」


「ああ、あれだね。お見合いの可否を決める手紙だと言ってたけど」


「はいな。ジュヌシー家の娘は、……歳になったとき、メイドとしての実績がともなっていないと、メイドとしてではなく、一族としての責務を果たさなければなりません」


「責務?」


「ジュヌシー家はメイドの家柄、名門貴族やしかるべき場所でメイドを務めていれば、その面目を保てるのですが、それを果たせない落ちこぼれも出てきます」


「おちこぼれってカレンがそうなの?」


 彼女は残念そうにうなずく。


「少し前までは平気でした。Aランクの神獣ギルドの受付嬢兼メイドというのは社会的地位もともないます。一族のものもとやかくはいいませんでした。しかし、今は違う。先日なんとかDランクになりましたが、それでもジュヌシー家の人間にとってそれは屈辱なのでしょう」


「僕はカレンは立派だと思うけど」


 ありがとうございます、と微笑むカレン。


「ですが、一族のもの、特におばあさまはそうは思わないでしょう」


 断言するカレン。


「そこでわたしに舞い込んだのがお見合いです。要はメイドとして役に立たないのであれば、メイドを引退し、一族を増やす方向に進めということです。結婚し子を産み、生まれた子供を一流のメイドに育てるのも一族の勤めですから」


「なんともまあ厳しい一族だね……」


 時代錯誤というか、エキセントリックというか。


「でも、手紙を二通出そうとしていたということはカレンも迷っているんだよね? 一族のあり方に疑問を抱いているんだよね?」


「……そうなりますね。幸いとわたしはまだ若いです。もう、1、2年ならば余裕がある。それまでに結果を残して現役メイドを続けたい気持ちもあります。……それが駄目だったとしても結婚相手くらい自分で選びたいです」


「だから僕が恋人役に偽装してお見合いを断るんだね」


「はい、そういうことになります。これからお見合いをお断りする手紙を送りますが、この手紙を送ったら、数週間後、王都からわたしの一族がやってくるでしょう。クロムさまには、上手くわたしの恋人を演じていただき、妹に諦めてもらうのです」


「妹? カレンの妹さんがやってくるの」


「おそらくはですが」


「なるほど、じゃあ、がんばらないとね」


 僕はそう結ぶと、カレンと一緒に手紙を投函しにギルドに戻った。

 そこにはリルさんがいた。

 恋人の真似事をするにも彼女に事情は話しておいた方がいいだろう。

 なにせこのギルドはギルド内恋愛が推奨されているが、バカップルは禁止だ。


 バカップルになる気はないが、恋人感を出すため、演技をしなければならないときも出てくるかもしれない。


 そうなったとき、リルさんに邪魔をされてしまえば計画がおじゃんになる。

 僕はカレンに許可を取ると、事情を話した。

 リルさんはふたつ返事で協力してくれる旨を了解してくれた。


 リルさんにとってもカレンというメイドは大切な存在であるのは、その態度からも明らかであった。

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