拝啓、姉上さま
姉との再会は望まない僕だが、姉に手紙は送りたかった。
しばし手紙を送っていないし、このままでは本当に近況を確認するためにこのギルドにやってくる可能性がある。
それだけは避けたいところ。
なのでリルさんに便せんと紙を分けてもらうと、それに文字を走らせる。
「拝啓、姉上様――、出だしはこんな感じかな」
僕の文章にけちを付けるのは聖剣のエクスカリバー。
「なんか出だしが堅い。本当に身内に書く手紙?」
「姉さんはこういった礼儀作法にうるさいんだよ。メルビル家は末席とはいえ貴族の家柄。あなたが不調法だと思われるとその家名にも傷がつく、と小さい頃から礼儀作法を仕込まれた」
「なるほど、だから字が綺麗なんだね、なんか女の子の字みたい」
「そいつはどうも」
女の子の字が綺麗とは偏見だと思うが、たしかに文字が丸っこい。これは姉が筆の師匠のせいだろう。
竹を割ったような性格の姉であるが、その文字だけは女性らしさがあるということか。
エクスに指摘されて改めて姉の女子らしい一面に気がついたが、それで手紙の文章が変わるわけでもなく、僕はありきたりの内容をまとめた。
この迷宮都市にやってきてから起きた些末なこと。
とあるギルドに就職したこと(無論、Dランクであると強調する)
順調に成長を重ね、レベル11に達したこと。
色々な人たちと出逢い、精神的にも成長したこと。
それに――、
と書こうとしたところで、エクスが騒ぐ。
「クロム! クロム! ボクは? ボクは? なんで僕の名前がないのさ」
彼女はおかんむりのようだ。
「今、書こうとしていたところだよ。エクスとの出逢いが、ある意味、すべての始まりだからね」
「なるほど、運命の女性との出逢いはおおとりというわけだね」
「……まあ、そんなところ」
そんなこと言われると最後にニアのことを書きにくくなるが、まあ、それはエクスが見ていないところで書き足そう。
そう思いながら筆を走らせた。
数時間後、手紙は完成する。
溶かした蝋で便せんを封印すると、そこにフェンリルの紋章が刻まれた判子を押す。
切手は貼らない。
この手紙は郵便ではなく、冒険者協会のギルド郵便を使うからだ。
ギルド郵便は冒険者ギルドに入っているものならば、郵便よりも安く使える。
そのギルドの封蝋か判子を押すだけで届けてくれる便利な通信手段。
ちなみにEランクやFランクの仕事に郵便配達が含まれる。彼らは冒険のかたわら、遠くの街にある拠点に手紙を配達する。
無論、冒険者が配達するので、郵送事故も多々あるが、それでも安く送れるというのは、今の僕には有り難い。
届かなかったら届かなかったで、また送り直せばいいのだ。
そんなことを思いながら、できあがった手紙を一階に持って行く。
ギルド郵便のポストは、各ギルドの受付に設置されていることが多かった。
「ごいすー! 自宅にポストがあるなんて便利だね」
エクスは、はしゃぐが確かに便利である。
このように夜中にも手紙が出せるのは、ギルドに間借りしている人間の特権だろう。
そう思いながら手紙をポストに入れようとするが、それと同時に白い手が重なった。
にゅっと伸びてきた手が同時にポストに入ろうとしたのだ。
当然、小さなポストに同時に手が入るわけもなく、僕の手紙ともうひとつの手紙がポストの外に落ちる。
慌て僕は手紙を拾うが、もうひとつの手紙を落とした女性もそれにならう。
同時に拾おうとした僕たちは、薄明かりの中、頭をぶつけてしまう。
ごちん、と頭をぶつけ合った僕たちは倒れ込んでしまうが、幸いなことに大事には至らなかった。
エクスが、
「今、前を向くとメイドさんのパンツが見えるよ」
と、騒ぐが僕は紳士なので目を背けながら立ち上がると、明後日の方向を向きながらカレンに手を差し出した。
カレンは、
「クロムさまは紳士ですね」
と、微笑むと、その手を取り、立ち上がる。
紳士なのはその行為のことを指しているのか、下着を見なかったことを指しているのか、さだかではないが、それよりも尋ねたいことがあった。
「奇遇だね、カレン、こんな時間、こんな場所で同時に手紙を出すなんて」
「そうですね。まるで神様の取り計らいのようです」
「ちなみに僕は田舎の姉さんに手紙を書いたんだ。カレンさんも家族に手紙を?」
「……ええ、まあ、はい、そんなところです」
珍しく言いよどむカレン、なにかあったのだろうか。
「答えにくいなら答えないでもいいけど、なにか重要な手紙なの? それは」
「……そうですね」
カレンはしばし逡巡する。
ゆっくりと目をつむると瞑想するかのように考え事をする。
丁度一分くらいだろうか。
ロビーに置かれた時計の秒針が一周する頃合いに答えてくれた。
「実はこの手紙、郷里から送られてきたある申し出の返答状なのです」
「返答状?」
「ええ、白い便せんのものはお断りの手紙、薄い水色のものは申し出を受けるという内容のものです」
「だから二枚あるのか。というか、今、出そうとしてた色って何色だっけ?」
辺りは薄暗く、色まで判別できなかった。便せんは色以外、まったく同じ形をしていた。
「それは秘密です」
と、桜色の唇に人差し指を添えて微笑むカレン。可憐だ。
「……秘密なのですが、今、クロムさまとがちんとぶつかって、わたしの決意が鈍ってしまいましたわ。責任を取っていただけますか?」
「それは悪いことをしたね。僕にできることならばなんでもいって」
罪悪感から出た台詞ではない。
カレンには日頃からお世話になっている。
少ない稼ぎの中から生活費を捻出し、美味しい料理を毎日作ってくれるカレン。
冒険に出掛けているときも部屋の掃除をしてくれ、帰ってくれば真新しいシーツのベッドを用意してくれるカレン。
男物の下着も嫌な顔することなく洗ってくれるカレン。
そんな彼女の役に立てることならば、なんでもやるつもりだった。
その旨を彼女に話すと、
「そうですか、それは助かります」
と、微笑んだ。
その笑顔だけで100メートルは全力疾走できるほどの力が湧く。
ただ、彼女が発した言葉は意外なものだった。
「では、クロムさま、クロムさまには明日から、このわたしの恋人になってもらいますね」
「……はい?」
思わずそう返してしまうが、メイド服を着た美人は、にこにこと僕の表情を楽しむだけだった。
一応、ことの経緯を尋ねるが、彼女は、
「クロム様のような竜殺しの英雄を恋人にできるなど、カレンは三国一の幸せものにございます。それにクロム様はカレン好みの可愛らしい顔立ちの殿方ですしね」
と、前置きしたあと、なぜ、恋人が必要なのか説明してくれた。




