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リルという名の神獣

 食事処「銀のさじ亭」は迷宮都市の寂れた一角にあるが、常に人でごった返していた。


 手頃な値段で美味しい料理をボリューミーに、がモットーの店で、そのモットーを忠実に守っているため、庶民たちの心を鷲づかみにしているのだ。


 そこに銀髪の獣耳少女を連れて行くと、彼女は即座に蘇生した。

 店の前にやってくるなり、耳をぴんと立て、尻尾を立てる。

 どうやら匂いですでに興奮しているらしい。


 しかし、彼女は意外と自尊心が高いタイプのようで、


「ふ、ふん、どうせ、このように庶民が行く店、たいしたものはおいてなかろう」


 と強がった。


 十数分後、料理が運ばれてくると、尻尾をフリフリと振りながら、料理をかき込むが。


「すごい食べっぷりだね」


 とはエクスの言葉であるが、まさしくそのとおりだった。


 彼女は欠食孤児のように料理を口に放り込むと、もしゃもしゃ、はむはむと咀嚼していた。


 一通りの料理を食べ終えると、彼女は両手を合掌させ、


「ごちそうであった」


 と、黙祷を捧げた。

 

つられて僕も真似したが、それが終わると彼女は尋ねてきた。


「助かった。礼を言う。少年、君の名はなんという」


「クロムです」


 と、答えると彼女は偉そうにうなずきながら、


「良い名だ。それに義侠心にあふれている名前でもある。今時、行き倒れを救うなど、なかなか見上げた心がけだぞ」


 と笑った。


「おっと、失礼。行き倒れていたところを救ってくれたのに、まだ名前も名乗っていなかったな。私の名前はリル。ただのリルだ」


「平民なのですか?」


「正確にいうと違うが、まあ、貴族でないことだけはたしかだな」


 そういうと彼女は豪快に笑う。

 さらに続ける。


「いや、こうして命まで救ってもらったんだ。君に隠し事はすまい」


 そう前置きすると、彼女は腰に手を当てささやかな胸を突き出しながら言った。

 えっへん、という擬音が似合いそうなポーズだ。


「私の二つ名は汚れなき賢狼のリル。いわゆる神獣というやつだ」


「え、リルさんって神獣なんですか?」


「いかにも」


 と胸を張るリル。

 神獣とは、この世界の神様の一種だ。


 ウロボロスや神竜、麒麟、フェニックスなど、多種多様な神獣がおり、彼女たちは人間の姿に具現化し、地上に降りてくる。


 彼女たちは神殿であがめ奉られる代わりに、冒険者ギルドなどの長を務める風習がある。


 なんでも数百年ほど前に地上にやってきた神獣が、ギルドを組織し、ギルド制度の基礎を築き、人間界の発展に大きく寄与したらしい。


 そのときの風習が残り、いまだにギルド長は神獣というのがこの国の決まりだった。


 しかし、まさかこんな偶然があるとは。


 就職先のギルドを探している途中に、こんな出会いに恵まれるとは夢にも思っていなかった。


 まさに天佑である。


 ――といってもこのリルさんが都合良く冒険者ギルドのギルドマスターとは限らないけど。


 なにせこの迷宮都市には大小様々なギルドがあり、その数だけギルドマスターがいる。


 早々都合良く冒険者ギルドのマスターに出会えるわけがない。


「ちなみに私はとある冒険者ギルドの長をしている。Aランクのギルドだ」


 ……早々都合良く出会えてしまった。

 それもAランクのマスターに。


 ぐいぐいと僕の服の袖をひっぱる力を感じる。エクスが魔法の力で引っ張っているようだ。


 彼女は小声でこう言ってきた。


「これってチャンスなんじゃない? クロムは命の恩人、そしてこの神獣はギルドマスター。ダメ元でギルドに入れてもらえば?」


 僕も小声で返す。


「うん、分かっている。こんなチャンス滅多にないしね」


 よし、と気合いを入れると、彼女に頭を下げた。


「あの、いきなりですみませんけど、僕、一流ギルドに就職するために田舎からこの迷宮都市にやってきたんです。どうか僕をリルさんのギルドに入れてもらえませんか? 掃除から洗濯までなんでもしますから」


「ほう、少年は冒険者志望か」


「はい」


「ステータスを見てもかまわないか?」


「……はい」


 今現在の低いステータスはあまり見られたくなかったが、これから就職しようとしているギルドの長に隠し事はできない。


 ステータスを開示する。

 リルさんはそれをじっくりと鑑賞する。



クロム・メルビル レベル3 無職冒険者


筋力 D

体力 D

生命力 C

敏捷性 D+

魔力 D

魔防 D

知力 D 

信仰心 D

総合戦闘力 773


武器 聖剣エクスカリバー

防具 旅人の服


固有スキル なんでも装備可能

戦闘関連スキル 剣術D 火魔法F



 リルさんは小さなあごに手を当てると「ほほぉ」と漏らす。

 どこか面白いところを見つけたようだ。

 彼女は解説する。


「ステータスは平均的。低レベルにしては低くはないが、けして高いとも言えない。着目すべきはその固有スキルと武器か」


 彼女はそこで一拍おく。


「【なんでも装備可能】」


 彼女はその文字に空中で触れると詳細を読み取る。


「【なんでも装備可能】その効果は文字通りなんでも装備できる、か。まんまだな。しかし、便利なスキルだ。たとえレベル1でも聖剣を装備できるのだから」


 次ぎに彼女は聖剣を見つめる。


「それが聖剣か?」


「はい、そうです。世にも珍しいしゃべる聖剣です」


「どもー、エクスです。こんにちは」


 エクスは元気にそう言うが、彼女の言葉はリルに届かない。


「ただ、聞こえるのは僕だけみたいですね」


「なるほど、マスターにしか聞こえないのか。ちなみにその聖剣にはどんな能力が隠されているんだ?」


「僕の総合戦闘力を5倍に跳ね上げてくれます」


「それだけか? 普通、聖剣ともなれば追加スキルが盛りだくさんなのだが」


 彼女は不思議そうに首をひねる。

 僕は非難がましい目でエクスを見つめる。


「ちょ、仕方ないでしょ。ボクはあの古くさい武具屋で何十年も眠っていたんだよ。スキル効果の発揮させ方を忘れちゃったの。それにオリジナルの鞘も紛失しちゃったし」


 でも、大丈夫、そのうちポテンシャルを最大限に発揮してみせるよ。

 エクスは得意げに言う。

 彼女の言葉をそのままリルさん伝える。


「なるほど、そういう理由があるのか。ならば丁度良い。私はこれから肩慣らしに迷宮に潜ろうと思っていたのだ。少年、良ければ一緒にこないか?」


「え、それってつまり、僕がこの迷宮都市の地下迷宮に入ってもいいということですか?」


「この迷宮都市に他に迷宮はないよ」


「是非ともご一緒したいです!!」


 飛び跳ねたい気持ちを抑えるので精一杯だった。


 迷宮都市の迷宮は都市の評議会に厳重に管理されており、通行手形を持っているものしか入ることはできないのだ。


 なので仕方なく地下下水道や迷宮都市郊外で修業してきたが、それは本意ではなかった。


 冒険者たるもの、迷宮に潜らないでどうする。そんな忸怩(じくじ)たる思いがあったのだ。

 嬉しさのあまりリルさんの手を握りしめると、僕はそのまま会計を済ませた。


 本当は折半にしたいところだったが、これからお世話になる人だ。ご飯くらい御馳走しても罰は当たらないだろう。


 その旨を伝えると、彼女は再び合掌をし、


「かたじけない」


 と、礼を言ってくれた。

 見た目に反して古風な人である。

 容姿こそうら若い少女だが、案外、お年を召しているのかもしれない。

 そう思った。



††



 こうして行き倒れのところを救ってもらったリル。


 行き倒れの理由は、朝食を抜いてきてしまったからだ、とは今さら正直に話せない。


 これでもリルは神獣、威厳と沽券に関わる。


 しかし、不覚にも空腹で倒れてしまったが、それはそれで幸運だったのかもしれない。


 親切な少年にご飯を奢ってもらったことがではない。


 それよりもすごい収穫があったのだ。


「あの低ステータスで聖剣を操る少年、ただものではない」


 聖剣自体、かの異世界の伝説の王アーサー王が所持していたとされる最強の剣のひとつだ。


 それを持っていること自体、少年の非凡さを表している。


 今現在はステータスが低くても、そのうち、いや、近い将来、少年は冒険者として頭角を表すだろう。


 少年は【なんでも装備可能】スキルと、『運』よく宝くじを当てたおかげです、と謙遜するが、そんなのは本当に謙遜に過ぎない。



 聖剣は意思を持つ。

 聖剣は自尊心を持つ。

 聖剣は宿命をになう。



 聖剣に選ばれたということ自体、あの少年にはなにかがあるのだろう。

 それを確かめたかった。

 改めて少年を見つめる。

 若者らしい凜々しい目をしていた。

 その瞳を見て思う。


「……さっき奢ってもらったクリームシチュー丼は絶品だったな」


 と――。


 もしも少年がリルの想像通りの冒険者の卵ならば、また一緒に食べることができるかもしれない。

 彼の実力が本物ならば、冒険者ギルドに誘うつもりだった。

 彼を仲間にするつもりだった。

 

 もしも、彼がギルドメンバーになったのならば、またこの店にこよう。

 そのときはクリームシチュー丼の上にエビフライをトッピングしよう。

 そう思いながら、迷宮への入り口へ向かった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] リルという名のフェンリル 流優さんとこのリルですか?
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