再会
カチュアと再会する。
「…………」
しばし無言が続いた。
そりゃそうだ。彼女はいたたまれないだろうし、僕も彼女にかける言葉が思いつかない。
それでも僕は彼女を非難するつもりはなかった。
彼女が発する「……ごめんなさい」という言葉をかき消すように言った。
「――カチュア、お父さんと再会できた?」
その言葉に多少驚いているようだが、カチュアは答えてくれた。
軽く首を横に振りながら、
「いいえ、まだよ」
と言った。
「ならば少しだけ、その霊視の眼鏡を僕たちに貸してくれない?」
「霊視の眼鏡を?」
なにに使うの? と彼女は言った。
どうやら彼女はディアブロの弱点がその眼鏡であると知らないらしい。
それを説明すると驚いたような顔をする。
「……なるほどね、古代人たちは悪魔の側に弱点も置いておいたのね。賢いことね」
と論評した。
彼女はしばし考え込む。
「…………」
数分ほどだろうか。長い沈黙であったが、「……うん」とうなずくと、眼鏡を渡してくれた。
「この眼鏡がないとお父さんと再会できないけど、まあ、それよりも悪魔の方が優先よね」
と、ほろ苦い笑顔を浮かべる。
その笑顔を見て僕は思った。
もしかしてこの眼鏡は使用回数のようなものがあるのではないか、と。
そのことを尋ねると彼女は肯定する。
「どうやらその眼鏡に込められている魔力が急速に尽きそうなのよね。その眼鏡が使えるのはあと一日くらい。その間に悪魔を倒さないと」
と言うと、彼女は、
「協力するわ」
と、右手で杖を握りしめ、左手で僕の手を引いた。
しかし、僕はその場から動かなかった。いや、動けなかった。
「…………」
「…………」
僕も彼女と同じように沈黙した。
「この眼鏡はカチュアのお父さんを探すために使おう」
「え? 駄目よ、それで悪魔の弱点を見つけないと」
「ディアブロの方は力尽くでなんとかする。エイブラムさんは全身を突き刺せば倒せるっていってたし」
「だけど――」
「でも、この霊視の眼鏡がなければカチュアのお父さんと会えない。どちらを優先にすべきかは明白だと思う」
この眼鏡は持ってあと一日と言った。
悪魔ディアブロの行方はまだ分からない。
一方、カチュアのお父さんは必ずこの森にいる。
どちらを優先すべきかは決まっていた。
僕はそれでも渋るカチュアの耳に強引に眼鏡をかけさせる。
眼鏡をかけたカチュアは知的さが増し、より魅力的な女性になった。
僕はその魅力的な女性の手を引くと、歩みを進めた
道中、カチュアは、
「まったく、困った少年ね。クロム君は。世を震撼させる悪魔よりもお姉さんの個人的な事情を優先させるなんて」
やれやれ、と吐息を漏らすが、まんざらでもないようだ。
こんな冗談を言った。
「もしかして、お姉さんに惚れてる?」
ようやくカチュアらしくなってきた。
惚れてはいないので無視をすると、彼女は頬を膨らませ、こう言った。
「あ、さっき、カチュアさんと言ったから、罰金銀貨一枚ね。ちなみにランチをおごるのもありよ」
いつもの元気を取り戻したことを確認すると、僕たちは森の奥深くへ入っていった。
†
一方、その頃、はぐれてしまったニアたちは双剣使いのジュカたちディアブロ捜索隊からこんな報告を受け取っていた。
「我ら、ディアブロを発見、交戦するも甚大な被害を受け、撤退を余儀なくされる」
その報告を受けたニアは神妙な面持ちになる。
クライドは言う。
「双剣使いのジュカ殿、それに女戦士のリリカ殿は名うての冒険者、それらがこうもあっさり破れるとは……」
ニアは補足する。
「彼らは実力で負けたわけではないようです。やはりディアブロは伝承どおり、刺突武器でしかダメージを与えられない、そう報告がありました」
「ジュカ殿は双剣の使い手。リリカ殿は典型的な剣士ですからな。分が悪かったか」
となると、とクライドは無精髭をなで回す。
「槍使いの俺、弓使いのおひいさまがいるこちらの方が対応しやすいかも知れませんな」
「その通りです。そしてディアブロはどうやらこの森を目指し、北上している模様です」
「やつはこの森に自分の弱点があると感づいているのですな」
「おそらくは」
「それでは苦労せず、交戦できそうですな」
武者震いがします、と自分の槍を握りしめるクライド。
その光景を見たニアはクライドを頼もしく思うが、不安を隠しきれなかった。
ニアの胸中に湧いた不安はいくつかある。
武辺者揃いのディアブロ捜索隊があっさり破れたこと。
まさかこうも簡単に敗退するとは思っていなかった。
幸いと犠牲者は出ず、こちらに救援に向かっているらしいが、それでもディアブロの実力は恐ろしかった。
もうひとつの不安はまだカチュアが見つからないこと。
もしもディアブロと互角に戦える手法があるのだとすれば、それはカチュアが持っている霊視の眼鏡でディアブロの弱点を探り出すことであった。
そうして初めてニアたちはディアブロより優位に立てるのである。
果たして自分たちはカチュアを見つけることができるだろうか。
それだけが心配であったが、さらなる心配もある。
先ほどまで自分の横にいた頼りがいのある少年クロムの姿が見えない。
彼は神隠しにあってしまったかのように忽然と消えた。
それがまたニアの焦燥感を誘う。
クロムの戦士としての力量は、ニアが誰よりも知っていた。
その彼が不在の今、もしもディアブロの襲撃を受ければどうなるか、考えただけで鳥肌が立つ。
ニアはため息交じりに鬱蒼とした森の空を見上げる。
木々の梢からわずかに見える夜空が、時間を指し示していた。
いつの間にか日が沈み、夜となっていた。
ニアは夜は嫌いではない。
むしろ静かに本が読めるし、夜空の星々を眺められる分、昼間よりも好きかもしれない。
しかし、今、この瞬間だけは嫌いであった。
なぜならば夜は悪魔の時間でもある。
もしも悪魔が襲撃してくるのであれば、日が沈んでいるこの時間帯であろう。
悪魔の襲撃を一秒でも送らせたいニアにとって夜は、危険な存在となっていた。




