緊縛の森
第八階層にある『緊縛の森』につく。
この森には古代エルフ族の強力な結界が張られており、エルフ族以外のものが足を踏み入れると二度と戻ってこられない、という伝承があった。
いや、伝承ではなく、事実か。
この森にカチュアの父親は永遠にさまよっている。
また欲の張った冒険者が年に数人、犠牲者となる。
「そのような森にどうやって入るのですか?」
僕は解決法を知っているというニアに尋ねる。
その言葉を聞いたニアは、急に赤面をし、目を背ける。
熱でもあるのだろうか、心配になるが、彼女はすぐに表情を取り戻すと、説明を始める。
「ここに人数分の護符と、それにエルフの耳をもした飾りがあります。これを付ければ森精霊の虜囚となる憂き目は避けられるでしょう」
「それさえ付けていればなんとかなるんですね」
僧侶はそう尋ねながら、護符を首にかけ、エルフの耳を付ける。
なかなか似合っている。
「逆に言えばそれをなくしてしまったら、森に呪縛されます。その護符は人数分、+1枚しか用意していません。絶対なくさないように」
「+1枚はカチュアの父親の分か」
僕は口にする。
「そうです。カチュアさんのお父上はすでに森に捕らわれてから数十年のときが経過しています。その程度の護符で呪縛から解放できるかは分かりませんが、一応……」
「まあ、なるようにしかならないですよね」
「その通り、なるようにしかならない。ともかく、一刻も早く森の中に入り、カチュアと合流しよう」
クライドはそう言うと、先陣を切り、森の中に入っていた。
ごついおっさんがエルフの付け耳を付けている姿に思わず笑みを漏らしてしまう。
それをニアと共有しようと彼女に視線を向けるが、視線を向けると彼女は頬を染め、視線をそらす。
「……僕、なにかやったかな?」
腰の聖剣に尋ねる。
「さてね、なにもやらなかったから怒ってるんじゃない?」
「どういう意味?」
「話してもいいけど、朴念仁のクロムに理解できるかどうか」
やれやれ、とエクスは言う。
「なんか恋の達人の女の子みたいな物言いだな」
「ボクは恋の達人の女の子だよ」
「それは初耳だ」
「うふふん、まあいいや。クロムが昨日、自分の身に起きた幸運を知ったら、意識してまともに行動できなくなっちゃうからね。ここで黙っておくのが良い相棒の条件。いい女の条件だ」
「よく分からないけど感謝するよ」
そんな軽口を言い合いながら、僕らは森の奥深くへと入っていった。
五人は固まるように行動した。
森は方位磁石もきかないような迷宮となっている。
またこの森には森精霊がたくさんおり、木に目印を付け、移動することはできなかった。
そんなことをすればドライアードが怒り狂い襲ってくる。
結局は魔術師の《現在地確認》の魔法とクライドの長年の勘が頼りだった。
その勘を信じて森を散策するが、なかなかカチュアは見つからない。
彼女の痕跡も見いだせなかった。
「彼女の金髪が数メートルおきに落ちてるといいんだけど」
と探知の魔法を駆使する魔術師は冗談を言うが、そのような幸運はなかった。
カチュアは己の痕跡を限りなく消しているようで、結局は地道に探索するしかない、という結論になった。
五人は目を皿のようにして緊縛の森を観察しながら奥に入っていた。
緊縛の森は普通の森とは違った。
森と言えば地上の森が真っ先に思い浮かぶが、この森はどの森とも違う。
地上の森の多くは手入れがされている。
木こりや森から木を得るため、木が等間隔に切られていたり、猟師が獣を狩る道が作られていたりする。
一方、この森にはそんなものはない。
有史以来、誰も足を踏み入れたことがないかのような静けさと荘厳さを保っている。
小鳥の鳴き声さえ聞こえなかった。
こんなにも蒼い木々があふれているのに、まるで生命の息吹を感じないのだ。
「なんだか異次元にある森のようだね」
腰の聖剣がそう評し、僕も納得する。
その感想を他者とも共有しようとニアに話しかけるが、返答はなかった。
まだニアは僕を意識しているのだろうか。
初めはそう思ったが違った。
またニアが迷子になったのかと思ったがそれも違った。
ニアだけでなく、クライドもいない。
他の冒険者たちも姿を見せなかった。
迷子になったのはニアではなく僕だった。
いつの間にか僕は他の四人からはぐれてしまっていた。
「いや、そんなことありえるのか?」
有り得ない。
なぜならば僕は集団の真ん中にいた。
遅れれば後ろの人間に抜かされるはずだし、左右にそれれば左右の人間とぶつかるはず。
そんな位置にいた僕がはぐれるなんて事象的に有り得ない。
そう口にするが、それに反論するものがいる。
「ここは緊縛の森。古代エルフが呪いをかけた不思議な森よ。なにが起きても不思議ではないわ」
そう声をかけてきたのは、よく聞いた声だった。
綺麗な声質で、その流麗な声で魔法を唱えるのがよく似合う女性だった。
僕はその名前を口にする。
「カチュアさん……」
久しぶりの再会だった。
時間的には数日ぶりであったが、数ヶ月も会っていない。そんな感覚に襲われた。
それは向こうも同じだったらしく、懐かしげな表情で、目を細めながら彼女は言った。
「久しぶりね、クロム君、なぜだか君と会えそうな気がしていたんだ」
そう微笑むカチュアはまるで森の妖精のように美しかった。




