世界一安心できる場所 †
夕食のあと、冒険者たちはそれぞれの寝床につく。
ニアはクライドが持ってきてくれたテントで休むが、他の冒険者たちは寝袋で寝たり、枕のみで寝たり、それぞれ思い思いに休んでいた。
ニアはふと、空を見たくなり、テントを出る。
そこには満天の星空が広がっていた。
――無論、ここは地下迷宮。
夜空は地上で見るそれではなく、この迷宮独自の、いや、この階層のみに見られる星の海が広がっていた。
ゆえに星に多少詳しいニアでも星の海に広がる星座の名前は分からなかった。
しかし、ニアは気にすることなく、意識を地上に戻す。
ニアが今、一番気になっているのは、地下迷宮に広がる不思議な空ではなく、その星空の明かりに照らされているひとりの少年だった。
彼の名はクロム・メルビル。
ニアと同じ16歳の少年。
数週間ほど前に偶然であった駆け出しの冒険者。
初めて出会ったときは、頼りなげな少年であったが、今はその印象はない。
ドラゴンを倒し、大賢者のゴーレムを倒し、そして今日、一刀のもとにホーク・ブルを倒した少年。そんな少年を頼りないと形容することはできない。
少年はもはや駆け出しの冒険者ではなく、一人前の冒険者と呼んだ方がいいだろう。
ニアはその一人前の冒険者の寝顔を見る。
彼はいつも腰に下げている聖剣を後生大事に抱え、安らかな寝顔を浮かべていた。
「寝顔はまだまだ幼いのだけど……」
思わず本音が漏れ出る。
慌ててしまい込もうとするが、漏れ出てしまったものは仕方ない。
幸いと聞くものもいないので続ける。
「それにしても聖剣を大事に抱きしめているクロムさん、少し可愛いかも。いや、ちょっと妬けてしまうかしら」
まるでその姿は買ってもらったばかりの冬至祭のプレゼントを抱きしめる子供のようにも見えた。
あるいは結婚したばかりの新妻を抱きしめる若旦那か。
「……結婚か」
ニアは軽く息を吐く。
自分には縁がない言葉だと思ったのだ。
王家の三女に産まれた自分だが、決して国王に可愛がられているわけではない。
どちらかといえば疎まれている方だ。
だからニアは幼い頃、家臣の家に預けられたり、修道院に押し込められた。
今はまだ自由を許してもらっているが、しかるべきときがくればそれも剥奪され、政略結婚の駒にされるだろう。
それは予言でもなんでもなく、既定の未来でしかなかった。
しかし――、
と、クロムの寝顔を見て思う。
もしも自由な結婚が許されるのだとしたら、彼のような勇敢な少年のもとに降嫁したいものだ。
ニアはそう思った。
自分を助けるため、低レベルで火竜にも立ち向かう少年のもとに。
知り合ったばかりの女性を助けるため、悪魔に挑む少年のもとに。
そうすればきっと、今の少年のように安らかに眠れるかもしれない。
世界中が敵に回っても少年だけは守ってくれる、と安心して眠ることができるかもしれない。
「…………」
そう思ったニアに、ふと悪戯心が芽生える。
というか、実験したい心が芽生える。
ニアはテントから自分の枕を持ってくると、クロムの毛布の中に入り込んだ。
それと同時に賭けをする。
想像どおり、クロムの横が世界一安心できるのならば、ニアは数秒で眠りにつけるだろう。
もしも数秒で眠りにつけ、朝を迎えることができたら、わたくしは――。
そんなことを思いながら目をつむる。
――ニアが眠りに落ちたのは何秒後だっただろうか。
それはここでは秘するが、ニアは朝までぐっすり眠り、とても心地の良い夢を見た。




