凶暴牛鶏
第七階層に到着する。
幸いと無人島に連れていかれることはなかったし、クロアになることもなかった。
五体満足、無事に転移する。
腰の聖剣は、
「ごいすー! ごいすー!」
と、初めての転移に興奮気味だ。
というか、エクスは語彙が貧弱である。
なにかにつけて「ごいすー!」とうるさい。
そのことを注意しようか迷ったが、せっかく気分良くしている彼女に水を差す必要はないので、そのままニアの後ろについて行く。
彼女は転移の間の魔術師に軽く頭を下げ、礼を言うと、転移の間を出た。
転移の間を出ると、迷宮が広がっていた。
「そういえば第七階層は初めてだねー」
とはエクスの言葉である。
たしかにそのとおりだ。
きょろきょろと辺りを見回すと兵士クライドが話しかけてきた。
「クロムよ、第七階層は初めてなのか?」
「はい、一番深いところでも第四階層までしか潜ったことがないです」
「お前は新米冒険者だからな」
「ところでクライドさんは? もぐったことがあるんですか?」
「俺もない」
と、偉そうに言う。
「……ないんですか」
「俺はこの迷宮都市にやってきて間もないからな。他のダンジョンならばもっと深いところまで潜ったことがあるが。しかし、この第七階層の特徴は知っているぞ。この階層は第一階層に似ている。要は平原エリアだな」
辺りを見回す。たしかに大きな木があまりなく、見渡す限りの草原が広がっていた。
「ただし、第一階層とは比べものにならないほど魔物は手強い。気をつけるべきだろう」
「ですね」
と、同意すると、僕は続けた。
「――というか、噂をすればなんとやら、あの茂みになにかいそうですよ」
というと、茂みががさがさと揺れる。
なにか大きな生物が潜んでいるようだ。
そしてその生物は殺気を隠さない。
興奮した鼻息と血走った目でこちらに立ちふさがる。
僕たちの前に現れた魔物、それは、
「ホーク・ブル、別名凶暴牛鶏だった」
ホーク・ブルは凶暴牛鶏の別名の通り、牛と鳥を掛け合わせたようなモンスター。
鳥のくちばしに牛のような立派な体躯を持った凶暴なモンスターである。
その突進力、くちばしの一撃は、多くの冒険者を葬り去ってきた。
戦闘力は、一匹、500以上はあるだろうか。
それが4体もいるのだからなかなかの強敵である。
僕は戦慄を覚えたが、兵士のクライドは不敵に笑う。
「ふふふ、クロムよ、知っているか?」
「なにをですか?」
「俺がホーク・ブルが大好きという事実をだ。ホーク・ブルは鳥のような牛のような見た目で旨そうだとは思わないか?」
「思わないか、ということは食べたことはないんですね」
「ああ、ただ、一度は食べたいと思っていた」
「…………」
そういえばこの人は、初めて会ったときも火トカゲを捕まえて食べていた記憶がある。
迷宮にもぐり、モンスターを食べるのが趣味の人がいるとは聞いていたが、どうやらクライドにはそのような趣味があるらしい。
もっとも、我がフェンリル・ギルドも財政上の理由から、食すことのできるモンスターの捕縛を推奨されている。
目の前にいるモンスターは、少なくともスライムや狼よりは美味しそうであった。
それにホーク・ブルは戦う気満々で、戦闘を回避できそうにない。
僕はクライドの舌を満足させるため、腰から聖剣を抜く。
それにならってクライドも槍をかまえ、ニアも背中から弓を取る。
残りふたりの魔術師と僧侶も戦闘準備に入る。
それと同時に戦闘は始まった。
戦闘は圧倒的こちらの有利であった。
ホーク・ブルは手強いモンスターであるが、こちらは熟練の冒険者ぞろい。
全員がホーク・ブルの戦闘力を上回っており、数の面でも勝っていた。
負ける要素はなにひとつないが、それでも気を引き締める。
姉の言葉を思い出す。
「いいクロム、なにごとも事故は3~4回目に起こるのよ。初めてのことにもなれ始め、油断が生じた頃、重大な失敗をしてしまうの」
僕がダンジョンに潜り始めてはや数ヶ月、そろそろ油断が生じてもおかしくなかった。
姉の言葉が真実ならば、今回当たりがやばそうである。
気を引き締めねば。
僕は猪突しないよう、留意しながら戦った。
幸いと今回のパーティーには後衛職が三人もおり、ふんだんな支援が期待できる。
それを頼りにしてもいいだろう。
まずは僧侶の女性から強化魔法の支援を受ける。
身体がほんのり軽くなる。
それに旅人の服が黄金にかがやく。防御力がアップしている証拠だ。
ステータスを見ると総合戦闘力が1790にアップしていた。
1割ほど上がっている。これはありがたい。
ただ、調子に乗るようなことなく、前衛のクライドと前線を維持する。
ふたりでがっしりと陣形を組み、後衛職を守る。
凶暴牛鶏たちはその突進力でそれを突破しようとするが、僕とクライドのコンビがそれを許さない。
突進してくる凶暴牛鶏の足に、胸に、的確に武器を突き刺し、ダメージを与える。
その間、後方の魔術師は、《火球》《光弾》の魔法を放ち、凶暴牛鶏にダメージを与える。
ニアは世界樹の弓を放ち、魔物の目を、眉間を射貫く。
凶暴牛鶏は倒れ、一頭一頭、確実に数を減らしていった。
これはあっという間に全滅できるかな。
そう思った瞬間、横から「ぐあぁ」という悲鳴が聞こえる。
クライドの声だった。
彼は凶暴牛鶏のくちばしの一撃を食らい、悶絶している。
どうやら最後に残った一匹の攻撃を食らってしまったようだ。
クライドが油断した、というというよりも、凶暴牛鶏が一枚上手だった、というべきか。
その個体はどの個体よりも大きく、雄々しかった。
群れのボスなのかもしれない。
そのボスは倒れたクライドの追撃をすることはなかった。
クライドには目もくれず、後方にいるニアを睨んでいる。
血走った目は今にも飛び出そうなほどニアを凝視していた。
どうやら凶暴牛鶏という生き物は仲間意識が強いらしく、仲間の敵を討つ、という概念が存在するらしい。
誰よりも活躍し、誰よりも魔物を殺したニアが憎くて仕方ないようだ。
凶暴牛鶏は鼻息荒く、ニアに突進する。
無論、ニアもそれに気がついていたが、悲しいかな、彼女は弓使い、間合いというものがあった。
凶暴牛鶏を近づけまいと弓を放ったが、怒りで我を忘れた凶暴牛鶏には効果が薄かった。
このままではやられる!
彼女はそう思ったに違いないが、それでも目を背けることなく、最後の瞬間まで目を見開き、弓弦を搾り続けたのはさすがかもしれない。
並の女性では、いや、並の人間には真似できない。
余人を持って代えがたいとは彼女のことを指す言葉だろう。
僕はなにものにも代えがたいお姫様を助けるため、後方から凶暴牛鶏に斬りかかった。
凶暴牛鶏の猛突進に追いつくことができたのには理由がふたつある。
僕が比較的軽装なこと。
裕福ではないのでいまだに旅人の服をまとっていたのが奏功した。
防御力は皆無であるが、このようなとき、この服は威力を発揮する。
もうひとつの理由は僧侶が強化魔法をかけてくれたことであるが、腰の聖剣はこんな見解を述べる。
「これは愛の力だね、愛」
まったく、この聖剣はすぐにはやし立てる。
そう重いながら、その聖剣を袈裟斬りに放った。
僕の一撃は思った以上に強く、雄牛のような立派な体つきのホーク・ブルを一撃でとめた。
いや、絶命させた。
自分でも驚くくらいすうっと魔物の筋肉を切り裂く。
これは聖剣の力なのだろうか。
それとも自分の力なのだろうか。
――愛の力ではないことはたしかだろうけど、なんの力にせよ、ニアに傷ひとつ付けることはなかった。
それでよしとする。
僕はぼうっとこちらを見つめているニアに手を差し出し、尋ねる。
「怪我はない? 大丈夫?」
やや遅れて反応があり、ニアは目をぱちくりさせると、僕の手を取り、
「え、ええ、大丈夫です」
と言った。
良かった、と僕はつぶやくと、第八階層を目指すことにした。
ちなみに討伐したホーク・ブルは、クライドが解体し、旨そうな部位だけ切り取った。
牛と鶏の合の子みたいなやつだからな、きっともも肉が一番旨いに違いない。
そう言い放つ。
その勘は当たる。
第八階層手前で食べた夕食、ホーク・ブルのもも肉の照り焼きは、牛のうま味と鶏のさっぱりとした食感が合わさったような味がし、今まで食べた肉の中でも一番美味しかった。




